
題材は、取引先からの注文を受けて在庫を引き当て、出荷指示を出し、請求まで回す受発注の基幹システム。10年前に発注した会社が改修と運用を続けてきましたが、保守費は毎年上がり、急ぎの改修を頼んでも着手まで3週間。断られたわけではないのに、他に頼める先がなく待つしかない。
特定の会社や技術に依存し、費用や期間の面で乗り換えられなくなる——これがベンダーロックインです。今回の案件は、権利も資料も移行の協力義務も押さえていました。それでも移せなかった原因は書類の不足ではなく、その仕組みを自社で再現できないことにあったのです。
ロックインというと解約できない契約を想像しがちですが、契約上は自由でも担当者しか中身が分からず実際には切り替えられないことがある。原因は、資料がない・古い、その会社しか扱えない独自技術、コードの権利が相手に残る、長期契約や自動更新と違約金、そして社内に見積もりの根拠を聞ける人がいないこと。費用は高止まりし納期は相手の都合で決まり、相手の撤退や担当者の退職が自社のリスクになります。
今回の案件は、こうした基本を押さえていました。コードの著作権は自社にあり、設計書と運用手順書の納品は契約上の義務、標準技術とオープンソースで作って特定の商用製品に依存せず、保守と監視は別会社に分け、契約終了時の移行協力も条文に入っている。5つとも守られていたのです。
そこで他社3社に引き継ぎと刷新の見積もりを頼むと、金額は今の年間保守費を大きく超え、最も短いところでも移す期間は年単位。高かったこと以上に気になったのは、各社の見積もりが揃ったこと。価格の違いより、共通して重い作業があったということです。答えは「コードは読めるけれど、なぜそうなっているかが分からない」。資料の量だけでは、移せるかは決まらなかったのです。
締め日の判定には、数百件規模の例外の分岐が入っていました。理由が文書に残っていたのはごく一部。条件と結果は読めても、なぜこの取引先だけ例外なのかは分からない。理由の分からない例外を消して業務が止まれば移した側の責任になるので、残す判断になる。全部残すなら動きを個別に確認しなければならず、見積もりの大部分はコードを書き直す費用ではなく、この確認作業だったのです。前のベンダーが情報を隠していたわけではなく、設計書に「なぜそうしたか」を書く欄がなかった。書式にないものは残らなかった。
AIでも同じことが起きました。注文メールを定型の発注書・問い合わせ・クレームに分類して担当へ振り分ける部分は、ロックインを意識して設計してあり、固有機能を使わずプロンプトも納品されていたので、別モデルへの差し替えはすぐ終わった。ところが正しく振り分けられた割合が落ちた。困ったのは、何を正解とするかというデータの集合を自社が持っていなかったこと。振り分けの誤りを調整してきた履歴と失敗事例集は相手側にあり、納品物には入っていなかった。技術的には替えられても結果の良し悪しを判定できなければ、切り替える意思決定ができません。
移行費は、書き直し・再発見・検証に分かれます。AIが入ってから書き直しの費用は下がったが、理由の再発見と挙動の検証には今も業務を知る人の時間が必要で、その人が相手の会社にしかいなければ所有権を移しても動かせない。ロックインの正体は、自分たちで再現できないことだったのです。
移行協力が発動するのは、普通は離れると決めた日。それまで試さなければ、いざ出口を開けるときに動かないことが初めて分かる。提案は3つ。まず決めごとを設計書とは別に、1ページずつ残す。何を決めたか、なぜ決めたか、前提にした事実と、その前提が崩れる条件、採らなかった案とその理由。経理の締め方が理由なら、運用が変わったときに例外を消せる——理由が見直す条件になります(ADRと呼ばれる形式もあります)。
次に、AIを評価する材料を自社で持つ。正解付きデータ、失敗事例の一覧、判定の実行手順。誰でも判定を実行して数字が出る状態にして初めて、モデルや提供者を比べて選べる。
いちばん効いたのが、年1回の乗り換え演習です。自社の担当者だけで開発環境をゼロから立ち上げ、業務が動く状態になるまでを確かめる。ベンダーは質問に答える役で同席し、代わりに操作はしない。測るのは業務が動くまでの日数で、止まった場所を手順書に書き足して次に立ち上げ直す。止まるのはコードの外であることが多い——証明書の発行手順がない、接続の設定値が本番にしかない、初期データの投入順序が書かれていない。災害復旧の訓練と同じで、出口も試しておかなければ使えるとは言えません。契約の義務は発動時点で分け、権利は契約時、判断の記録は毎月やリリース時、評価データは毎月、移行演習は毎年。頼むときは「消防訓練だと思ってください」と伝える方法もあります。
出口を作っても、必ず相手を替えるわけではありません。演習に協力してくれるなら安心して続けられることもあるし、協力を断られたら相手も再現できていない可能性がある。比べられる状態と替えることは別です。相手が親切かどうかだけでは囲い込まれているかは分からない。渡されたものだけで、こちらがもう一度動かせるか——それを確かめることが、長い付き合いを自分で選び続ける対策です。原因と問題点の整理、現場で使える確認の表、契約のどの義務がいつ動くかの表は元記事に載っています。
ARC channel
10年間、大企業と新規事業を作ってきた ARCHECO(アルチェコ)が、自分たちのブログ記事を動画で解説しています。
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