ローカルLLMとは?大企業が行き着く理由と、届かない見積書

ローカルLLMとは、AIのモデルを外部のクラウドに預けず、自社が管理する環境の中に置いて動かす構成です。大企業がAI導入で止まるのは性能ではなく、社内データが外に出ること。ならば自社で動かせばいい——そう考えて見積もりを取ったら、私たちは止まりました。止めたのはGPUの固定費です。そこから分かったのは、全部を所有する必要はないということでした。100MBのモデルで振り分けだけを自社に持ったら、精度は95%から97%になりました。所有すべき場所を決めるための表を、そのまま置きます。
Total
0
Shares
ローカルLLMとは?大企業が行き着く理由と、行き着けなかった私たちの見積書

昔、大きな会社に出向していたとき、社内で使う道具はほとんど何も持ち込めませんでした。

便利なメモアプリも、速い翻訳サービスも、全部だめ。理由は「情報が外に出るから」の一点です。当時は正直、少し窮屈だと思っていました。こんなに便利なのに、なぜ使わせてくれないんだ、と。

いまになって、あの窮屈さの正体が分かる気がします。あれは意地悪ではなく、外に出た瞬間に、私が責任が取れなくなるものを、線の内側に留めていたんです。

先に一行だけ置きます。ローカルLLMとは、AIのモデルを外部のクラウドに預けず、自社が管理する環境の中に置いて動かす構成のことです。オンプレミスのAI、とも呼ばれます。基幹システムを自前で持つのと、発想は同じです。

題材は、ホテルの滞在客からの問い合わせに答えるAIです。タオルはどこか、荷物を送りたい、近くの観光地を知りたい。1日に何百件も来る、短い問い合わせの束です。

前置きはさておき、本題に入ります。

今日は、この仕組みを作るときにクラウドから自社へ持ってこようとして、持ってこられなかった話をしていこうと思います。結論から言うと、止めたのは性能ではありませんでした。見積書の一行です。

① 教科書どおりに、クラウドのAIで作る

教科書どおりに、クラウドのAIで作る

最初は、教科書どおりに作りました。

→ 対話AIのサブスクリプションを契約する
→ 問い合わせをAPIに投げる
→ 返ってきた文章をそのまま返す
→ 難しいものだけ人に回す

きれいに動きました。 精度も速度も十分で、作るのに時間もかかりません。

社内データの扱いも、教科書どおりに手当てしました。一般向けの契約では入力が学習に使われる場合があるので、法人向けの契約に切り替える。これで「入力は学習に使わない」が契約で担保されます。

ここまでは、教科書どおりです。
このときの構成を数字で置いておきます。問い合わせは1日あたり数百件、応答は2秒以内、対応言語は3つ。 精度も速度も、要件を満たしていました。

② そのとおりに進めて、規約で詰まる

そのとおりに進めて、規約で詰まる

ところが、詰まったのは性能でも精度でもありませんでした。規約です。

使っていた対話AIのサブスクリプションが、契約上、1アカウントの共有を禁じていることが分かりました。サーバー経由で複数人が使う構成を組むと、それが「認証トークンの共有」に当たるのではないか。あるいは「人格的な操作代行」とみなされるのではないか。

規約を読んでも、どちらとも読めます。

黒とは書いていない。白とも書いていない。判断がつかないまま、構成を変えるかどうかの議論になりました。

ここで気づきます。性能の話は、一度も出ていません。

法人契約で解決したのは「入力を学習に使われない」の一点だけでした。処理が向こうの環境で走ること自体は、何も変わっていません。 その事実が、規約という形で戻ってきただけです。

代替として、重みが公開されている別系統のモデルが候補に挙がりました。これなら自社で動かせます。ただ、そのモデルは中国発で、情報の扱いと倫理観の面で懸念が出ました。ここでも止まります。

では、自社の中で動かせばいい。 記事の前半に書いたとおりの結論です。そこで、見積もりを取りました。

③ そして、見積書を見て止まる

そして、見積書を見て止まる

エンジニアが出してきた見積もりは、こういう構造でした。

→ ローカルLLMを動かすには、GPUを積んだサーバーが要る
→ その費用は、使っても使わなくても毎月出ていく固定費になる
→ 対してAPIは、使った分だけの従量課金で済む

金額そのものは伏せますが、構造だけで判断がつきました。

項目自社で持つ借りる
費用の出方毎月固定使った分だけ
使わない月同額かかるほぼゼロ
必要な機材GPU搭載サーバー不要
立ち上げまで数週間即日

片方は毎月確実に出ていき、もう片方は使わなければほとんど出ていきません。

この差が決定的でした。

両者は、そもそも比較の土俵が違います。 単価を並べても意味がない。並べるべきは、自社の利用量が、両者の入れ替わる点のどちら側にあるかです。

サーバーの費用は、基本料と使った分に分かれます。小さい組織では基本料が重すぎて、大きくなるほどローカルが有利になる。 つまり、分岐点が実在します。

そして私たちは、その手前に立っていました。

「大企業ほどローカルに行き着く」というのは、思想の話でも意識の高さの話でもありません。単に、分岐点の向こう側に立っている、というだけの話でした。

④ 原因は「所有か、借りるか」を全か無かで考えていたこと

原因は「所有か、借りるか」を全か無かで考えていたこと

止まった原因を一つに絞ると、これでした。

私たちは、ローカルにするかしないかを、全部か全部でないかで考えていました。

問い合わせ対応という仕事を、ひとかたまりの箱として見ていた。だから「この箱を自社に持ってくると、いくらかかるか」という問いになり、答えは「固定費が重すぎる」になった。

けれど、実際の処理は一枚岩ではありません。

どの種類の問い合わせか判定する(タオル/配送/観光)
その種類に応じた答えを組み立てる
判断がつかないものを人に回す

このうち、社内の機密に触れるのはどこか。 監査で挙動を固定したいのはどこか。提供側の都合で止まると事業が止まるのはどこか。

問いを分解した瞬間に、答えが変わりました。

⑤ 直してみる — 統制権が要る場所だけを、自社に持つ

直してみる — 統制権が要る場所だけを、自社に持つ

やったことは3つです。

1. 処理を分解して、統制権の要否を1行ずつ書いた。
「この処理は、外に出た瞬間に自分で責任が取れなくなるか」を基準にしました。全部に○が付くわけではありません。観光地の紹介文を作るのに、統制権は要りません。

2. 振り分けだけを、自社の小型モデルに移した。
問い合わせがどの種類かを判定する部分だけを切り出し、専用の小さなモデルを作りました。容量は100MB程度。ルーティングの精度は95%から97%まで上がりました。 大きなモデルを借りて振り分けさせていたときより、速くて、安くて、外に出ません。

3. 残りは借りたままにした。
答えの文章を組み立てる部分は、クラウドのAPIのままです。ここを自社に持つ理由が無かったからです。

そして、この構成にした瞬間に、固定費の問題が消えました。 100MBのモデルはGPUを積んだサーバーを必要としません。

所有すべき場所だけを所有する
分岐点は、処理を分解すると手前に動く
動かせる線だった

⑥ あとで知った — この作り方には、名前がついていた

あとで知った — この作り方には、名前がついていた

素朴な対処のつもりでしたが、調べると同じものを指す言葉は、すでにありました。

1つ目。用途を絞った小さなモデルには名前があります。小規模言語モデル(SLM/Small Language Model)です。「小さい」が指しているのはパラメータの数で、少ないぶん速く、動かすのに要る資源も小さい。特定の仕事をこなすために作られる、と説明されています。

規模感も具体的です。Microsoft の Phi-3 系列は、Phi-3-mini が38億、Phi-3-small が70億、Phi-3-medium が140億パラメータという構成になっています。「小さい」と呼ばれる領域が、すでにこれだけ確立しているということです。

2つ目。難しさに応じてモデルを振り分ける組み方も、既に語られていました。問い合わせを受け取って評価し、適切なモデルへ振り分ける役割を置く。単純な依頼は小さなモデルが処理し、複雑なものは大きなモデルに回す。難易度・リスク・遅延・プライバシー・コストを見て自動的に選ぶ、と説明されています。

「プライバシー」が選択の基準として並んでいるのが要点です。 私が「統制権が要る処理だけ自社に置く」と呼んでいたものは、この振り分けの一項目でした。

3つ目。所有と賃借の分岐点は、昔からある損益分岐の話でした。固定費と変動費が入れ替わる点を探すという、それだけのことです。AIに限った新しい問題ではありません。

新しい理屈は、ひとつも要りませんでした。

⑦ 何が変わったか

何が変わったか

判断の順番が、逆になりました。

“`
前:ローカルにするか? → 見積もりを取る → 高いのでやめる
後:どの処理に統制権が要るか? → その部分だけ見積もる → 持てる
“`

「ローカルLLMを導入するか」は、そもそも問いの立て方が間違っていました。 導入するのは製品ではなく、処理ごとの判断だからです。

⑧ 現場で使うなら、この2枚

現場で使うなら、この2枚

表1:統制権の棚卸し(処理を1行ずつ書く)

処理機密に触れるか挙動を固定したいか止まると事業が止まるか判定
問い合わせの種類判定入力に個人情報監査対象入口なので止まる自社
回答文の生成触れない不要代替可能借りる
観光情報の紹介触れない不要代替可能借りる
決済に関わる確認触れる固定したい止まる自社

3列とも「いいえ」なら、借りてください。 1つでも「はい」が付いた処理だけを、自社に持つ候補にします。全部に○を付けると、固定費で止まります。

表2:分岐点を手前に動かす手

何をするか効き方
処理を分解する統制権の要否を処理ごとに判定最も効く。箱のままだと必ず高い
モデルを小さくする用途を絞ってSLMにするGPUが不要になる規模まで落ちる
~~基本料を分ける~~~~複数社でサーバーを共有~~見送った。理由は次節

補:判断に使った数字

項目
検査が通る回数1日あたり数千回
振り分けモデルの容量100MB
ルーティング精度95%から97%
常駐に使えるメモリ16GB中の数百MB
1件あたりの判定数十ミリ秒
対応言語3件
応答の目標2秒以内

ところで、この7行のうち5行は、処理を分解しなければ測れない数字です。箱のまま見積もると、1行目しか出てきません。

⑨ この考え方が効き続ける理由

この考え方が効き続ける理由

モデルの値段は、これからも下がります。それでも、この判断は消えません。 値段の問題ではないからです。

→ AIが基幹に食い込む → 判断そのものを担うようになる
→ 事故が起きたとき、頭を下げるのは貸した側ではなく、組み込んだ側
→ 責任を持つ側が、判断の土台を所有していない → いずれ耐えられなくなる

賢さは借りられます。責任は借りられません。

大企業がローカルへ向かうのは、けちだからでも時代遅れだからでもありません。責任を持つ主体は、いずれ土台を所有したくなるという力学です。

ただし、正直に書いておきます。所有した瞬間に、運用の重さがまるごと自分に乗ります。

この記事を書いている途中で、社内の判断が動きました。サーバーを共有して基本料を割る案は、見送りになっています。

「ローカルLLMの運用における課題として、同時接続時の速度低下が挙げられました。特にMac環境ではNVIDIA CUDAのような最適化された計算資源が利用できないため、性能面で不利である現状が確認されました。」

「本格的なシェアホスティング事業を展開するには、接続数やアカウント管理、ルーティングなどの検証に多大なコストと手間がかかるため、スモールスタートは難しいとの認識が共有されました。」

「基本料を割れば手が届く」は、割る側の運用コストを数えていませんでした。 接続数の制御、アカウントの管理、どのモデルへ流すかの振り分け。共有するということは、その全部を自分が持つということです。

同じ日に、仮想マシンからの撤退も決まっています。当初はそこでローカルLLMを動かす想定でしたが、メリットが薄れたという判断でした。

一方で、明るい材料も同じ場で共有されています。小規模ながら高性能なモデルが出てきており、自社でのホスティングは現実的になりつつある、という見立てです。

分岐点は動きます。ただし、動かす方向は「共有して割る」ではなく「小さくして要らなくする」でした。

だから、全部を持たない。持つべき場所を決める。 そこだけが、今日の話です。

関連して、ファインチューニングで用途を絞ったモデルを作る話と、MCPで社内の文書をAIから引けるようにする話を別に書いています。社内RAGが現場で止まる場所話はすでに公開しています。あわせて読むと、同じ判断が別の場所でも効いていることが分かると思います。

この判断を実際の案件で使う場面については、社内GPT・RAG構築のページに整理しています。


手元に置きたい、といえば、電子で買った本を紙でも買い直したことが何度かあります。

置き場所はもうありません。それでも手元にある状態に、いくらか払っているわけです。

以上です。

You May Also Like

デザイン思考とは?8人に聞いたら全員が同じことを言った

デザイン思考とは、使う人の観察から出発して解決策を組み立てる進め方です。ワークショップで8名に意見を聞いたところ、共通して出たのは「ごちゃごちゃして見える、わかりづらい」でした。ここで画面を整理しに行くと外します。整理すべきは見た目ではなく機能の構造で、そのために先に作るのがファンクションリストでした。横向きで使う場面の行動観察から、進行方向の表現を水平に統一した経緯まで書きます。
View Post