作業車のそばでタブレットを持つ作業員に、AIロボットが依頼カードを直接手渡し、背後に受付から報告書までの4枚のカードの流れと電柱が描かれたフラットイラスト

電力業界のDX・AI活用|業務別の使いどころ6つと効かない場所3つ、某地方電力会社を勝手に考える

顧客からの一本の電話が現場の作業員に届くまで、四人の手を通っていました。13年いた電力会社を離れてAIとアプリを作る側に回った筆者が、当時の受付・派遣・報告書・会議・研修を「今ならどこにAIが効くか」で勝手に仕分けします。効かない場所も、三つ。

手持ちの現場作業を終えて、装備品のタブレットを眺めながら指示を待つ。

青々と晴れた空のもと。作業車の中で、まだ、指示を待つ。行き先が決まらない。筆者の向かう先を決めるのは、電話の向こうの、さらに向こうにいる誰かなのですが、、、。

筆者は13年間、ある地方の電力会社にいました。前半は現場の側。一般家庭や中小企業の契約変更や、電気の不具合を直しに行くエンジニアです。後半は本社の側。研修の企画運営や新規事業の検討をしていました(その後の成り行きで、いまはAIとアプリを作っています。経緯は自己紹介にあります)。

最初に一つ、ことわり書きを。電力会社は、発電、送電、配電、営業、資材、土木、情報通信、経理……と、部門が驚くほど多岐にわたります。筆者が知っているのは、そのうちのほんの一角——お客さまの設備と契約に近い現場と、本社の人材育成まわり——だけです。これから書くAI活用やDXの話は、その経験の範囲から考えたものだと思って読んでください。

今日はその13年を、いまの目線で勝手に仕分けしてみます。「ここは、AIが効く」「ここは、効かない。というより、効かせてはいけない」。元いた業界を外から眺めて勝手に語る、という若干のおこがましさは、白状したうえで進めます。

業務の数珠つなぎ

現場の仕事は、お客さまの一本の電話(か、Webのフォーム)から始まります。

でも、その電話は筆者のところには来ません。まずコールセンターが受けます。コールセンターの担当者が、会話の内容を「依頼データ」という形に起こします。次に、ディスパッチャー(司令)と呼ばれる人が、その依頼データを見て、どの拠点の誰に振るかを決めます。そして拠点の作業員——当時の筆者——が、ようやく現場へ向かう。

お客さまの声が現場に届くまでに、四人の手を通っていた。 これが、当時の標準的な流れでした。

一人ひとりは、真面目に仕事をしています。誰かがサボっているわけではない。ただ、手渡しの回数が多ければ、それだけ時間がかかります。電話の内容が依頼データになるまでに時間がかかり、依頼データが誰かに振られるまでにまた時間がかかる。お客さまからすれば「電話したのに、まだ来ない」の時間です。

そしてもう一つ、当時から薄々感じていて、いまなら言葉にできることがあります。

現場の速さは、ディスパッチャーの判断力で決まっていた。

依頼データには、急ぎかどうか、どんな技能が要るか、行き先はどこか、いろいろな情報が詰まっています。それを読んで「この案件は、あの拠点のあの人だな」と即座に振れる人がいる一方で、迷って抱えてしまう人もいる。ディスパッチャーの腕がいい日は現場が回り、そうでない日は作業員が作業車の中で鍵を握ったまま待つ……。仲介する人間の判断の質が、そのまま現場の速度になっていた訳です。

では、腕の良いディスパッチャーとは、どんな仕事ぶりだったのか。当時を思い出すと、三つあります。

まず、各作業員が受け持っている仕事の数と緊急性、仕事一つ一つのボリュームを正確に把握している。依頼データを見れば、現場でやらなければならない作業が解像度高く思い浮かぶ。だから「この作業を頼めば、どれくらい時間がかかるか」の読みも、ある程度正確です。これが、的確な采配につながります。

次に、作業員の傾向分析も抜かりない。経験年数、作業の速い遅い、難しい現場への対応力、そして文句の量。作業員一人ひとりの特徴を踏まえて振り、声をかけるので、付託がすっと通ります。

最後に、この二つの積み重ねで、作業員から信頼を得ている。これが、かなり大きい。いまいる場所から少し遠くて「そこ、他の人のエリアじゃない?」と思ってしまうような仕事を振られたとしても、「あのディスパッチャーが振ってきたなら、考え抜いた結果だろう」と、文句を言わずに取り組める。

つまり腕の良いディスパッチャーとは、作業の解像度と、人の解像度と、信頼。この三つを頭の中に持っている人でした。裏を返せば、その三つは頭の中にしかなかった。腕の良い人が席を外した日は、それだけで現場の速さが変わりかねない。そういう構造です。

念のため、、、当時お世話になった方々に恨みはひとつもありません。これは個人の問題ではなく、仕組みの問題です。人の頭の中にしかないものに現場の速度を依存させる設計になっていた、というだけの話です。

受話器、ヘッドセットと依頼データの紙、机に向かうディスパッチャーとその頭から出る「作業の解像度・人の解像度・信頼」の吹き出し、作業車が矢印で一列につながり、各矢印の上に時計が置かれた図|お客さまの声は四人の手を通って現場に届き、その速さはディスパッチャーの頭の中にある判断で決まっていた

ここで一度、地図を広げます。筆者の記憶は営業所の業務まわりに偏っているので、電力業界全体でDXやAIがどこまで進んでいるのか、公開されている資料と事例で補助線を引いておきます。読み飛ばして次の章へ進んでいただいても、話はつながります。

「四人の手」の地図 ― 電力業界におけるDX・AI活用とは・業務別の使いどころ6つ

電力業界におけるDX・AI活用とは

最初に断っておくと、「電力業界のDX」という決まった用語や手法がある訳ではありません。DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、経済産業省の定義を借りれば、企業がデータとデジタル技術を活用して、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや組織、プロセス、企業文化まで変革し、競争上の優位性を確立すること。ひらたく言えば「デジタルで、仕事のやり方そのものを変える」ことで、AIの活用はその手段の一つです。本記事が扱うのは、その考え方を電力の現場と業務に当てはめたら何が起きるか、という話です。

もう一つ、業界にいた人間として断っておきたいことがあります。いまの電力業界は、一枚岩ではありません。2016年4月の小売全面自由化、2020年4月の送配電部門の法的分離を経て、発電・送配電・小売は、それぞれ別の会社・別の事業として動いています。抱えている課題も、使えるデータも、規制のかかり方も違う。「電力業界」と一体で語るのは、中にいた人間からすると少し乱暴です。筆者が13年見ていたのは、その中でもお客さまの契約や設備に近い現場と、本社の間接業務でした。本記事はそこに軸を置き、それ以外の領域(設備の点検や需給の運用)は、公開されている資料で補います。

なぜ今、電力業界でDX・AIが急がれるのか

背景にあるのは、人手不足と高齢化、そして技術の継承です。

まず、電力の現場を外から支える電気工事の業界から。経済産業省が2026年2月の電気保安人材・技術ワーキンググループに提出した資料では、電気工事業者(電力会社そのものではなく、電気工事店など工事を担う事業者です)へのアンケートで、人手が「大いに不足」26.1%、「やや不足」44.4%、合わせて約70%が不足と答えています。電気工事士の年齢構成は中央値が40代、50代までで全体の約8割、女性比率は3.4%。さらに15歳人口は令和11年に100万人を割り込み、令和20年には約74万人(令和5年比で約31%減)になる見込みとされています(出典: 経済産業省「電気保安人材を巡る現状及び今後の課題について」資料1-2・2026年2月19日)。

電力会社の側にも、世代の谷があります。東日本大震災のあと、新卒採用を止めたり絞ったりした時期があり、その世代の層は薄い。近年は大手電力が採用数を増やしていると報じられており、その理由にはDXや設備のレジリエンス向上を担う人材の確保が挙げられています。裏を返せば、ベテランが抜けていく速さに、採用と育成が追いつくかどうかの勝負になっている、ということです。

つまり、現場に人が足りない。入ってきても、育つのに時間がかかる。「腕の良いディスパッチャーの頭の中にしかない」ものを、仕組みに移さないと立ち行かなくなる——筆者の見た拠点と同じ構造の問題が、業界のあちこちで起きている訳です。

世間で進んでいる事例の地図

公開されている事例を、設備の側と業務の側に分けて並べます。いずれも各社・各省の公開資料に基づくもので、筆者の前職とは関係ありません。

事例何をAIに任せたか出典
設備九州電力送配電×テラドローン(2024年5月)AI搭載ドローンによる鉄塔の自動点検。対象約15,000基、点検時間は従来比約50%削減(1基あたり約110分→約60分)テラドローン プレスリリース
設備東北電力ネットワーク×KDDI(2024年4月)ドローン画像から送電鉄塔のボルト・ナットの抜け・緩みをAIで自動検出。異常判定から点検報告書の作成まで一連で効率化東北電力NW・KDDIスマートドローン リリース
設備北海道電力ネットワーク(報道)中央給電指令所の週間需給計画をAI・数理最適化で自動化日本経済新聞
業務東京電力エナジーパートナー(2024年5月)社内コンテンツ・マニュアルをRAGで対話型ナレッジベース化。回答の正確性は目標値をクリアクラスメソッド 事例
制度経済産業省「スマート保安」遠隔監視等を前提に、外部委託の点検頻度や技術者の配置要件を柔軟化経産省 資料1-1

設備側は「人の目で見ていた大量の画像をAIが判定し、報告書まで作る」型が主流です。業務側の公開事例はまだ少なく、ここに筆者の営業所の記憶が補助線として効くと思っています。

業務別の使いどころ6つ

筆者の記憶と公開事例を突き合わせて、業務別に「AIに任せる部分」と「人が残す部分」を整理したのが次の表です。1〜3は現場案件の流れを整える話、4は本社の間接業務、5は人材育成、6は筆者の担当外だった設備の話と、軸が違う点に注意してください。

#業務AIに任せる部分人が残す部分難しさ
1現場案件の流れ受付(コールセンター)通話の文字起こし→依頼データの下書き住所・契約・緊急度の最終確認聞き取りミスの検知
2現場案件の流れディスパッチ(付託)技能・距離・ステータスによる自動付託大規模障害・複数拠点にまたがる案件の采配作業員ステータスの更新習慣
3現場案件の流れ現場の作業報告書案件種別からのフォーマット自動選択・予測入力現場で分かった事実の追記万能フォーマットからの脱却
4本社の間接業務会議・議事録候補日出し・出席依頼・議事録の下書き「熱を確かめる場」の設計と実施会議を減らす合意
5人材育成研修・安全教育知識のアシスト・危険検知・手順の読み上げ「行くか、止めるか」の判断を育てる判断経験を奪わない設計
6設備(筆者の担当外・公開事例より)設備点検・需給画像判定・需給計画の最適化異常判定の最終確認・計画の承認現場データの整備

使いどころ1|受付の会話を依頼データにする

一本の電話を「聞いて、型に起こす」作業は、いまの生成AIの最も得意な領域です。文字起こし→項目抽出→依頼データの型に流し込む、までを自動化し、担当者は確認と修正だけを行う。東京電力エナジーパートナーがRAGでマニュアルを対話型ナレッジベースにした事例のように、受付担当者の「調べる」時間を削る使い方も、同じ入口にあります。ポイントは、AIの下書きを人が確認する前提を崩さないこと。住所の一文字違いは、現場の半日に直結します。

使いどころ2|作業員のステータスと案件を突き合わせる

作業員がスマホでステータスをワンタップ更新し、依頼データが立ったら技能・距離・ステータスで自動付託する。難しい案件だけを人のディスパッチャーに回す。物流やフィールドサービスの業界では、配車・スケジュールのAI最適化は先行しています(電力の営業所でも、構造はほぼ同じです)。導入の鍵は仕組みより習慣で、作業員が「作業中」「休憩中」を更新し続けられるかで成否が決まります。

使いどころ3|現場の作業報告書を「八割できた状態」で開く

ここで言う報告書は、現場作業のたびに作業員が書く作業報告書のことです(本社の会議資料や稟議書の話ではありません)。案件種別から報告書のフォーマットを自動で選び、依頼データの内容を先に埋めておく。作業員は現場で分かった事実だけを追記する。設備側では、東北電力ネットワーク×KDDIの事例のように、ドローン画像のAI判定から点検報告書の作成までを一連で自動化する取り組みが始まっています。業務側の報告書も、同じ思想で「書く」を「確かめて足す」に変えられます。

使いどころ4|本社の会議の段取りと議事録

ここからは現場ではなく、本社の間接業務の話です。候補日出し・出席依頼・議事録の下書きは、すぐに任せてよい領域です。一方で、要点を共有する連絡を重ねて会議そのものを減らすときは、「確認のための会議」と「熱を確かめる場」を分けてから減らす。順番を間違えると、効率は上がったのにチームがばらばらになります。

使いどころ5|研修・安全教育のアシスト

危険の検知、手順の読み上げ、そもそも危ない作業のロボット代行——ここはむしろ積極的に任せたい領域です。ただし、最後に「行くか、止めるか」を判断する人間の育成は、判断を重ねた数でしか進みません。AIが判断を肩代わりすると、その人の中に経験が積み上がらない。育成設計では「AIは横に立つ協力者。判断と責任は人」の線を先に引いておきます。

使いどころ6|設備点検・需給の予測(公開事例より)

筆者の担当外だった設備の側では、AI搭載ドローンによる鉄塔点検(九州電力送配電・約15,000基・点検時間約50%削減)や、需給計画のAI・数理最適化(北海道電力ネットワーク・報道)が公開されています。共通点は、人の目と勘に頼っていた「大量の判定」を機械に回し、人は最終確認と計画承認に集中する構図で、営業所の使いどころ1〜3と設計思想は同じです。

スマート保安と、規制の動き

電力の現場は規制が厳しく「変えたくても変えられない」と感じる場面が多い業界ですが、規制側も動いています。経済産業省の資料によれば、外部委託で電気設備の点検を受託するために必要な実務経験年数は、令和3年から座学受講で一律3年、令和6年から実技訓練で一律2年に短縮されました。令和4年6月からは、遠隔監視などのスマート保安技術の活用を前提に、担当技術者が2時間以内に現場へ到達できる体制(新たな統括制度)が認められています。さらに令和7年度からは、設備更新計画に従って更新し遠隔監視で事故が起こりにくい状態を維持できる場合、外部委託の現地点検頻度を毎月1回の目安から3月に1回へ延伸できるようになりました(出典: 経済産業省「電気保安人材を巡る対応状況について」資料1-1・2026年2月19日)。

時期制度の変化意味
令和3年〜受託に必要な実務経験を座学受講で一律3年に短縮保安人材の入口を広げる
令和4年6月〜遠隔監視前提で「2時間以内に現場到達」の新統括制度常駐から遠隔+駆けつけへ
令和6年〜実技訓練で実務経験を一律2年に短縮育成期間の圧縮
令和7年度〜遠隔監視で状態維持できる場合、現地点検を月1回→3月に1回へ延伸遠隔監視データが点検の代わりになる

「デジタルで監視できているなら、人が現地に行く頻度を減らしてよい」という方向に、制度が動いている。これは、営業所の業務にAIを入れる話にも追い風だと思っています。

効かない場所3つ

効かせてはいけない場所理由代わりにAIがやること
対面で熱を確かめる場(キックオフ・行き詰まったときの本音の会議)情熱の在処と言葉にならない不安は、本人の口からしか出ない確認のための会議を減らし、対面の時間を空ける
「行くか、止めるか」の最終判断とその育成判断の精度は判断を重ねた数で上がる。肩代わりすると経験が積み上がらない危険検知・手順読み上げ・危険作業の代行で、判断の材料を増やす
個人情報を外部に出す使い方顧客と従業員の個人情報が桁違いに多い外部と隔絶した環境で「作業だけ」を代行する

セキュリティと個人情報|「作業だけ」を任せる設計原則

電力事業者向けに「AI利用」を明示した個人情報保護のガイドラインは、筆者が確認した範囲では見つかりませんでした。参照できるのは、業界横断のAI事業者ガイドライン(総務省・経済産業省・第1.1版・2025年3月)と、経済産業省の電力制御システムに関するサプライチェーン・セキュリティ対策の手引き(2025年6月)です。ガイドラインが空白なぶん、現場側で先に原則を決める必要があります。筆者の提案は三つ。①個人情報は外部に出さない前提で、AIの働き場所を隔絶した環境に置く ②AIに任せるのは「会話を型に起こす」「下書きを作る」「候補日を出す」といった作業のみで、判断と承認は人が持つ ③誰が何をAIに渡したかの記録を残す。社内ルールの作り方そのものは生成AIのガイドライン記事が詳しいので、ここでは電力特有の「量」の問題に絞りました。

進め方|拠点で始める5ステップ

本社の全社システムを待たずに、拠点単位で始める手順です(数字はClaude仮設定・執筆時確定)。

1. 量の多い定型業務を一つ選ぶ: 報告書・議事録・受付データ起こしのように、毎日大量に発生し、型が決まっているもの
2. 情報の線引きを先に決める: 個人情報を外に出さない環境か、匿名化して渡すかを決めてから道具を選ぶ
3. AIは下書き、人は確認の役割で小さく回す: 最初から自動化を狙わず、確認の手間が減ったかを測る
4. 現場の言葉で直す: 万能フォーマットではなく、その拠点の案件種別に合わせて型を育てる
5. 効いたものだけ本社と共有する: 拠点で効いた道具を、本社が土台に取り込む順番にする

業務プロセス全体のどこにAIを置くかの考え方は、業務プロセスの改善記事と合わせて読むと立体的になります。

よくある失敗

本社主導で全拠点共通の仕組みを一気に入れて「少しだけ合わない」を全拠点に配る。AIに判断まで任せて、判断できる人が育たなくなる。便利さ優先で個人情報を外部サービスに流し、後から止められる。会議を減らしすぎて、熱を確かめる場まで消える。——どれも、効く場所と効かない場所の仕分けを飛ばしたときに起きます。導入費用の考え方はAI導入の費用記事に譲ります。

——地図はここまで。ここからは、あの営業所の流れに戻ります。

勝手に考える、AIが効きそうな場所

さて、ここからが本題。あの流れのどこに、いまのAIなら手を入れられるでしょうか。話は二つの軸に分かれます。前半の三つは、現場案件の流れを整える話(受付・采配・現場の報告書)。最後の一つは、本社の仕事の話(会議と議事録)です。

受付の会話を、そのまま依頼データにする

いちばん最初の手渡し——コールセンターの会話を依頼データに起こす作業——は、いまのAIがいちばん得意なところです。通話の文字起こしから、住所・契約・症状・急ぎ度合いを抜き出して、依頼データの型に流し込む。人がやっていたのは、まさにこの「聞いて、型に起こす」作業でした。

もちろん、人が最終確認する前提です(お客さまの住所を間違えて現場に行ったら、それだけで半日が消えます)。でも「ゼロから起こす」と「AIが起こしたものを確認する」では、かかる時間も、担当者の疲れ方も、まるで違います。

作業員の「いま」と、案件を突き合わせる

二つ目の手渡し——ディスパッチャーの采配——も、かなりの部分をAIに任せられると思っています。

当時、作業員のステータスは、ディスパッチャーの頭の中と電話の記憶で管理されていました。「あの人はいま現場」「あの人は戻ってきたはず」「あの人は昼休み」。これを、作業員側がスマホで「付託OK」「作業中」「休憩中」とワンタップで更新できるようにしておく。依頼データが立ったら、技能・距離・ステータスの三つで、いちばん適した人に自動で振る。判断に迷うケース——大きな障害、複数拠点にまたがる案件——だけを人のディスパッチャーに回す。

こうすると、ディスパッチャーの仕事は「全部を振る人」から「判断が難しいものだけを振る人」に変わります。腕のいいディスパッチャーの判断力を、難しい案件に集中して使えるようになる。仲介をなくすのではなく、仲介する人の判断を、いちばん価値の出る場所に寄せる。 そういう設計です。

現場の報告書は、書く前に八割できていていい

現場作業が終わると、その都度、報告書を書きます。社内システムに、あらゆる現場に対応できる万能フォーマットが用意されていて、それを実際の現場の状況に合わせて削ったり書き足したりして登録する。

これ、いま思うと逆なんですよね。依頼データには「どんな案件か」がもう書いてある。だったら案件の種類に応じてフォーマットが自動で選ばれ、依頼データの内容が最初から埋まった状態で開いてほしい。現場で分かったことだけを、作業員が書き足す。書き足す量が少なければ、報告の質は上がり、書き漏れは減ります。作業員は書類が得意な人ばかりではありませんから(筆者は報告書のヌケモレで、諸先輩方にさんざん絞られていました 笑)。

本社の会議の段取りと議事録は、もう人がやる仕事ではない

本社に移って驚いたのは、打ち合わせの量でした。打ち合わせをするために、会議室を押さえ、出席者の都合を聞いて回り、資料を配り、議事録を取る。これだけでも、かなりの労力です。議事録係は、たいてい若手です。

スケジューラーはありました。全員の予定が入っている。それなのに候補日を出すのは人がやっていた。いまなら、出席予定者を入れれば候補日が出て、出席依頼まで飛ぶ。議事録は文字起こしから要点をまとめるところまでAIが下書きし、人は直すだけ。ここは、ためらう理由がほとんどありません。

もう一歩進めると、日々のやり取りでもAIを使って、要点をまとめた連絡をこまめに重ねていけば、打ち合わせそのものの回数を減らせるはずです。「集まって確認する」の何割かは、「まとまったものを読んで返す」で済む。

——ただし。ここで筆者は、一つ線を引きたくなります。それは次の章で。

効かない場所。というより、効かせてはいけない場所

効く場所を並べると、AIが何でもやってくれそうに見えます。でも、13年の記憶の中には「ここは違う」とはっきり言える場所が三つあります。

対面の熱は、削れない

打ち合わせの回数は減らせる、と書きました。その一方で、たとえばキックオフのような場面や、プロジェクトに行き詰まりを感じて忌憚のない意見を交わす場面など、「ここぞ」という局面で対面のミーティングをやる価値は減らないと思っています。

理由は単純で、人の顔色を見ながら「この人は本当にやる気があるのか」「情熱の根源は何なのか」「どこに引っかかっているのか」を確かめられるのは、いまのところ対面だけだからです。要点はAIがまとめてくれます。でも、要点の裏にある情熱の在処や、言葉にならない不安は、本人の口からしか出てきません。これは、どれだけ時代が進んでも変わらない気がしています(少なくとも、筆者が現役でいるあいだは)。

減らすのは「確認のための会議」。残すのは「熱を確かめる場」。 この仕分けを間違えると、効率は上がったのに、チームがばらばらになる。そういう職場を、想像するのは難しくありません。

最終判断をする人は、時間をかけてしか育たない

本社で研修を企画していたころ、経験豊富な現場の作業従事者を講師に招いて、業務や安全の知識を教えてもらう場を何度も作りました。

講師の話は、間違いなく本物です。ただ、受講者側の現場経験が少なくてまだ未熟だと、講師の伝えたいキモの全部を、その場で受け取ることはできない。分かったつもりで現場に出て、教わったのと似た状況に自分でぶつかって、そこで初めて「あれはこういう意味だったのか」と身にしみる。研修は種で、芽が出るのは現場でした。

ここに、AIやロボットはどこまで入れましょうか? 安全に関する知識のアシスト、作業の一部の代行——それは一定量できるはずです。危ない状況を検知して知らせる、そもそも危ない作業をロボットにやらせる、手順を横で読み上げる、といったところは、むしろどんどんやってほしい。

でも、最後に「行くか、止めるか」を判断する人間の育成は、時間と経験でしか進まない。 判断の精度は、判断を重ねた数で上がる。AIが判断を肩代わりしてしまうと、その人の中に判断の経験が積み上がらない。便利になった分だけ、判断できる人が育たなくなる、という逆説がここにはあります。

だからAIの立ち位置は、判断する人の横に立つ協力者であって、判断の代わりではない。あくまでもAIは協力者で、責任を持つのは人間側です。この線を、人材育成の設計に組み込んでおく必要があると思っています。

研修のホワイトボードの横で「種」と書かれた袋から種がこぼれて地面に落ち、土の中で眠る種が点線の時間を経て、電柱の立つ現場で芽を出す図|研修で受け取った知識は、現場で似た状況にぶつかって初めて身にしみる

個人情報は、外に出さない前提で「作業だけ」を任せる

三つ目は、地味ですが決定的です。

電力会社は、お客さまの数がとてつもなく多い。加えて従業員の数も多い。つまり、扱う個人情報の量が桁違いです。受付の会話も、依頼データも、報告書も、全部に住所と名前が載っています。

これを、便利だからといって外部のAIサービスにそのまま流すわけにはいきません。かといって「だからAIは使わない」では、最初の章に戻ってしまう。答えは、外部のネットワークとうまく隔絶した環境の中で、AIには「作業だけ」を代行させること。会話を型に起こす、報告書の下書きを作る、候補日を出す——こうした作業は、情報が外に出なくても成立します。情報の置き場所と、AIの働き場所を、最初に分けて設計する。ここを曖昧にしたまま便利さだけを取りに行くと、どこかで必ず止まります(止められます)。禁止だけで片づけると現場が隠れて使い始める構図は、シャドーAIの記事で書いたとおりです。

拠点が、自分たちの道具を作る時代

最後に、もっと勝手なことを書きます。

多くの拠点を持つ会社には、拠点ごとのジレンマがあります。所在地によって天候が違い、お客さまの層が違い、だから業務の中身も微妙に違う。たとえば田舎のエリアでは、お客さまの中心は中高年で、老朽化した設備も多く、住宅のほかに小さな工場や農業用の設備の契約もたくさんあります。一方の都市部の拠点では、その多くが集合住宅やオフィスです。ほかにも、雪の多い地帯があったり、毎年決まって大雨が降るエリアがあったりと、天候の差もあります。拠点そのものの姿もさまざまで、都市部には大人数が所属して仕事が細かく分かれている拠点があり、山間部には、一人が何役もこなす多能工のメンバーが少人数で業務を回している拠点があります。

ところが本社が用意する仕組みは、全拠点共通です。共通でなければ管理できないから、それ自体は正しい。でも共通の仕組みは、どの拠点にとっても「少しだけ合わない」ところが出てきたりもする訳です。

いまは、素人でも便利なツールを気軽に作れる時代になりました。筆者自身が、コードを書いたことのない元電力会社員だったのに、AIと一緒にアプリを作っています。だとすれば、拠点が裁量権を持って、自分たちの業務の中から「量が多くて、ある程度定型的な仕事」を見つけ出し、自分たちの手で自動化する。そういう体制は、もう空想ではないと思っています。

これは、本社主導の画一的な業務効率化とは別の軸です。本社は共通の土台と、外に出してはいけない情報の線引きを守る。拠点は、その土台の上で、自分たちにだけ合う小さな道具を作る。統制と裁量を分けて持つ(統制側の設計は市民開発とは?メリット・デメリットと統制の設計が詳しいので、本記事は拠点側の裁量に絞っています)。この「別の軸の合理化」が、地方に拠点を散らした会社にとって、次のキモになるかもしれない——というのが、外から勝手に眺めている元社員の見立てです。

時を戻そう

あの会社に、いまの道具を持って戻れたら、と考えます。

電話の内容はもう依頼データになっていて、作業員のステータスと突き合わされて、作業車に乗る筆者のスマホに「次はここ」と届く。現場から戻れば、報告書は八割できている。本社の会議は減っていて、議事録係の若手は、議事録の代わりに別の仕事をしている。ここまでは、たぶん本当にそうなると思います。

ただ、電話の向こうで「これは急ぎだけど、焦らないでね」と気遣ってくれたディスパッチャーの声。危ない現場で講師の一言が身にしみた瞬間に、冷や汗がドバドバ出てくるあの感覚。そういう部分は、しばらく人間のままでいてほしい気もするのです。効かせる場所と、効かせない場所。それを決めるのは、たぶん、その業界を詳しく知っている人と、その人のちょっとした人情なんだと思います。

電力業界のDX・AI活用のよくある質問

電力業界におけるDX・AI活用とは何ですか?

「電力業界のDX」という決まった手法がある訳ではなく、データとデジタル技術で仕事のやり方そのものを変えるDXの考え方を、電力の現場と業務に当てはめることを指します。発電・送配電・小売は分社化が進み課題も別々なので、一括りにせず領域ごとに見るのが実態に合います。公開事例は設備側(ドローン点検・需給計画)が目立ちますが、本記事の筆者が13年見ていた営業所では、受付→依頼データ→ディスパッチ→現場→報告書という業務の流れにこそ、AIの使いどころが多くありました。

電力業界でAIが効きやすい業務はどこですか?

「聞いて型に起こす」「大量の判定を機械に回す」型の業務です。具体的には、受付の会話を依頼データに起こす、作業員のステータスと案件を突き合わせて自動付託する、報告書を案件種別から先に八割埋めておく、会議の候補日出しと議事録の下書き、そして設備側の画像判定です。いずれもAIが下書きし、人が確認する役割分担が前提です。

逆に、AIに任せてはいけない業務は何ですか?

三つあります。①対面で熱を確かめる場(キックオフや、行き詰まったときに本音を交わす会議)②「行くか、止めるか」の最終判断と、その判断ができる人の育成 ③個人情報を外部のAIサービスに出す使い方。②は特に見落とされやすく、AIが判断を肩代わりすると、その人の中に判断の経験が積み上がらないという逆説があります。

個人情報が多い電力会社で、AIを安全に使うにはどうすればよいですか?

外部ネットワークと隔絶した環境の中で、AIには「作業だけ」を代行させるのが原則です。会話を型に起こす、報告書の下書きを作る、候補日を出す、といった作業は情報が外に出なくても成立します。電力事業者向けにAI利用を明示した個人情報ガイドラインは現状見当たらないため、AI事業者ガイドラインや電力制御システムのセキュリティ手引きを参照しつつ、情報の置き場所とAIの働き場所を最初に分けて設計してください。

人手不足は本当に深刻なのですか?

経済産業省の2026年2月の資料では、電気工事業者へのアンケートで人手が「大いに不足」26.1%、「やや不足」44.4%と、約70%が不足と回答しています。電気工事士は50代までで約8割を占め、15歳人口は令和20年に令和5年比で約31%減る見込みです。人が入ってこない前提で、人の頭の中にしかない判断を仕組みに移すことが急がれています。

拠点や現場から、小さく始めることはできますか?

できると筆者は考えています。いまは非エンジニアでもAIと一緒に道具を作れる時代なので、拠点が「量が多くて型が決まっている業務」を一つ選び、個人情報の線引きを決めたうえで、AIが下書き・人が確認の形で小さく回すのが現実的です。統制側の設計(誰が何を作ってよいか)は市民開発の記事に、拠点側の裁量は本記事に書きました。

この記事は、ARCHECOが運営するメディア「AI・新規事業戦略大学」でお届けしました。ARCHECOは、UI/UXデザインとプロダクト開発を強みに、お客さまと並走しながら「使われるもの」をつくっているチームです。ご相談・お問い合わせはこちらからどうぞ。