筆者は画面のあるUIを実装する仕事をしていて、地域の高齢者の方々と話す機会にも恵まれています(なぜそうなったのかは、自己紹介に書きました)。そんな画面の人間が、ずっと気になっていることがあります。
お店や役所に電話をかけて、「ご予約は1を、ご用件は2を」と流れてきたとき、あなたは最初に何を思いますか? 内容を聞く前に「長そうだな」と構えて、気づいたら受話器を置いていた。そんな経験はないでしょうか?
音声UI(声と耳だけでやりとりする、画面のないインターフェース)が嫌われるとき、実は「ひとつの悪さ」が原因というより、小さなつまずきが順番に積み重なっている気がします。今日は、その積み重なりに名前を付けて、1段ずつ解剖してみます。先にお断りしておくと、筆者は音声認識の専門家ではありませんし、電話AIを自分で作り込んだこともありません。画面の人が、画面のない世界を覗いたらこう見えた、という話として読んでもらえたら幸いです。
手探り通話とは
ここから先、この連鎖を「手探り通話」と呼びます。このブログで勝手にそう呼ぶだけで、業界用語ではありません(念のため、、、実在の用語と思って検索されても、たぶん出てきません)。
手探り通話とは、自動音声やAI電話が「何ができる電話なのか」「いま全体のどのあたりにいるのか」を見せないまま、かけた側に手探りで進ませてしまう通話のことです。画面なら、メニューもスクロールバーも目に入ります。電話では、それが全部、耳に入ってくる順番でしか分かりません。
連鎖は4段です。何の電話か分からない。選択肢を覚えさせられる。無音で待たされる。出口が見えない。そして最後に、受話器が置かれます。
始まりは、何の電話かを言わない冒頭
最初の段は、冒頭です。かけたら「お電話ありがとうございます。ただいま、たいへん混み合っております」と流れて、肝心の「この電話で何ができるのか」が出てこない。
たとえば、歯科医院の予約専用の電話に、診療時間を知りたくてかけたとします。冒頭で「予約の受付です」と言ってもらえれば、かけ違いだと10秒で気づけます。言ってもらえないと、かけた側は「ここで合っているのか」を自分で確かめながら、先を聞くことになります。
画面なら、ページのタイトルが一目で教えてくれる部分です。音声はそれを、言葉にして先に言わないと、存在しないのと同じになります。
ここで1つ、因果を丁寧に開いておきます。冒頭で何の電話か分からないと、かけた側は「合っているか」の確認に注意を使います。注意を確認に使ってしまうと、そのあとに続く選択肢の読み上げが、頭に入りにくくなる訳です。つまり1段目のつまずきは、2段目の負担を、静かに重くします。
次に、番号を覚えさせられる
2段目は、選択肢です。「予約は1、変更は2、キャンセルは3、診療内容のご案内は4、その他は5」と順番に読まれる。
画面なら、5つ並んだボタンを一度に見渡して、目的のものを選べます。音声は一列にしか流れてこないので、聞いている側が「1は予約、2は変更、、、」と頭の中で並べ直し続けることになります。筆者の感覚では、4つを超えたあたりで怪しくなります。(これはあくまで筆者の感覚です。出所のある数字ではありません。)
しかも、本当に欲しかった選択肢が4番だと分かるのは、1〜3を全部聞き終えたあとです。聞いている間、その人の頭は「あとで押す番号」を持たされたままになります。
さらに、途中で割り込んで押せない電話だと、聞き終えるまで待つしかありません。急いでいる人ほど、この時間が長く感じられるはずです。「聞き逃したかも」と思っても、巻き戻す手段がありません。画面なら指で戻れるところが、電話では最初からやり直しになります。
三つ目は、無音
3段目は、待ち時間です。番号を押したあと、何も聞こえなくなる。
画面なら、くるくる回るマークが「いま処理しています」と教えてくれます。電話は、何も聞こえない時間が、そのまま「切れたのかな」「押し間違えたのかな」という不安になります。たった数秒でも、相手が人間なら「少々お待ちください」と言ってくれるのに、機械は黙ります。
無音は、かけた側の行動まで乱します。返事がないので「もう一度言ったほうがいいのかな」と同じ言葉を繰り返す。すると遅れて1回目の返事が流れてきて、どちらに答えればいいのか分からなくなる。そんな姿は、目に浮かぶ気がします(我ながら、せっかちな客になりそうです 笑)。
生成AIが加わった電話ではここが目立ちます。文章を作る時間がかかるので、返事の前に妙な間が空きます。「いま考えています」という事が分かる一言があるだけで、同じ数秒の意味が変わるはずです。
最後に、出口が見えない
4段目は、出口です。ここまでで、かけた側はすでに少し疲れています。それでも「この用件は、この電話で済むのか」「済まないなら、どこへ行けばいいのか」が、最後まで分からない。
ここで先に、前提を1つ置いておきます。自動応答やAI電話は、電話をなるべく、あるいは完全に担当者に回さないために導入するものです。だから「困ったら人に代わります」を必ず用意すべきだ、とは筆者は考えていません。人に回す道を置かない設計は、それ自体は正しい判断になり得ます。
問題は、人に回さないことではなく、出口を言わないことです。「この電話でできるのは予約だけです。診療内容のご相談はホームページへ」「お答えできない場合は、折り返しの番号をお伺いします」。そう言ってもらえれば、かけた側は自分で次の行き先を選べます。それが無いと、人は「この電話の向こうには誰もいないし、どこにも行けない」と思い始めます。その瞬間に、受話器は置かれます。置かれた電話は、かけ直されるか、そのまま諦められるかのどちらかです。かけ直されたとき、相手はすでに少し不機嫌で、最初の10秒がさらに重くなります。
見落とされがちなのは、受話器を置いた人は、不満を言ってくれないことです。クレームとして残るのは、怒って人に代わった人の声だけで、黙って置いた人は、数字の上では「ただ電話が終わった人」に見えてしまいます。連鎖が見えにくいのは、この静けさのせいだと思います。
しゃべりが上手いほど、手探りは深くなる
少し飛躍しますが、素朴な疑問として置いておきたいことがあります。生成AIの電話は、人間のように自然に話せるのだから、この連鎖は消えるのでしょうか?
筆者は、そうとは限らない気がしています。自然に話せるAIほど、かけた側は「人間と同じことができるはず」と期待します。実際にできることは、予約の受付と、営業時間の案内だけかもしれません。期待と実際のずれは、冒頭の段(何の電話か分からない)をむしろ深くします。
流暢さは、地図の代わりにはならない。 筆者はそう考えています(今日時点のところは、ですが)。
加えて、生成AIは知らないことでも、もっともらしい口調で答えてしまう場合があります。営業時間や料金のように、間違えると困ることは、AIの作文ではなく店のデータをそのまま読み上げる形にするのが安全だと思います。AIの能力は日進月歩なので、この点は今後変わっていく可能性があります。
自分の電話で、起きていないか
自分の会社や自治体の電話で、手探り通話が起きていないかは、次の5点でおおよそ見分けられます。実際に自分でかけてみるのが一番です。
| サイン | 見分け方 |
|---|---|
| 冒頭で何の電話か言っていない | かけてから最初の10秒で「何ができる電話か」が口に出るか、数えてみる |
| 選択肢が5つ以上ある | 初めてかけた人が、聞き終えたあとに自力で言い直せるか |
| 押した後に無音がある | 3秒以上の無音が、案内なしで続いていないか |
| 「できないときの行き先」が最後まで出てこない | この電話で済まない用件は、どこへ行けばよいかを、聞き終えた人がメモなしで言えるか |
| かけ直しが多い | 同じ番号から短い間隔で再度かかってきていないか(ログがあれば) |
3つ以上当てはまるなら、連鎖はすでに始まっていると見てよいと思います。
対処はひとつ、最初の10秒を地図にする
対処は、ひとつに絞ります。最初の10秒で「何の電話か」「いくつ選択肢があるか」「この電話で済まないときの行き先」を先に言う。つまり、冒頭を地図にします。行き先は、担当者でなくても構いません。ホームページでも、折り返しでも、別の番号でもよい。言うか言わないかが、分かれ目だと思います。
たとえば、冒頭をこう変えてみます。
「歯科医院の予約専用の電話です。選べるのは3つ、予約・変更・キャンセル。診療時間や治療のご相談は、この電話では承れません。ホームページをご覧ください」
これだけで、4段の連鎖のうち最初と最後の2段が一気に軽くなります。残りの2段にも、同じ地図で手が打てます。選択肢は、数えながら聞ける範囲(筆者は3つまで)に収める。押した後に間が空くなら、「確認しています」と一言だけ先に言う。どれも、新しい技術は要りません。台本の書き方を変えるだけです。選択肢の数を先に言うので、聞いている側は「あと3つ聞けば終わる」と分かります。済まない用件の行き先が最初に見えているので、無音の不安も小さくなります。
筆者が画面の仕事で毎回やっていることは、実はこれと同じで、「全体像を先に見せる」です。画面なら1枚目に目次を置くのと同じことを、音声はしゃべって行うだけだと思います。
どこまでを人に残すか
少し補足させてください。「人に回さないための導入」と言いましたが、ゼロにするか、少し残すかは、電話ごとに決めることだと思います。
筆者なら、まず「この電話で済ませたい用件」を先に3つ以内で決めます。予約・変更・キャンセル、のように。その3つは、最後まで機械で完走できるように台本を作り込みます。次に、それ以外の用件が来たときの行き先を、1つだけ決めます。ホームページに誘導する、折り返しの番号を預かる、営業時間内だけ担当者に回す。どれを選ぶかは、電話の本数と人の数で変わるはずです。
ここで避けたいのは、行き先を決めずに「その他は5」だけを置くことです。5を押した先で、また無音か、また選択肢か、あるいは切れる。そうなると、せっかく機械で済ませた3つの用件の印象まで、巻き添えで悪くなります。人に残すのが1割でも0でも、「残さない分の行き先」を言葉にしておく。導入の目的(人に回さない)と、かけた側の安心は、ここで両立できるのではないでしょうか。
よくある反論に答えます
反論1 電話は本来、人がつなぐものだ。機械にやらせるから嫌われるのでは?
一部は、そのとおりだと思います。ただ、電話の本数が多くて人が足りないからこそ、自動応答を入れる現場がほとんどです。人に回さないことが目的なのだから、「人に代われないから嫌われる」と片付けてしまうと、導入そのものを否定することになります。嫌われる理由は、人がいないことより、できること・できないこと・できないときの行き先を言わないことにある、というのがこの記事の見立てです。
反論2 生成AIなら自由に話せるのだから、選択肢の読み上げ自体が要らなくなるのでは?
自由に話せる分、かけた側は「何を話していいのか」で迷います。「ご用件をどうぞ」だけでは、画面の白紙の入力欄と同じです。生成AIでも、最初に「できること」を言う設計は残ると思います。
反論3 電話が得意な人(例えば高齢な方)が電話を使っているので、そこまで考慮する必要がないのでは?
電話に慣れている方は多いですが、「慣れている」と「自動音声を苦にしない」は別の話です。人と話すつもりでかけたのに機械が出る、という落差で戸惑う方もいます。念のため、、、これは「高齢者は機械が苦手」という意味ではありません。人を前提にかけているので、ずれやすいという話です。
次の問い
次に自動音声のある電話にかけたとき、最初の10秒を数えてみてください。何の電話か、いくつ選べるのか、済まないときはどこへ行けばいいのか。10秒で分かったかどうか。それだけで、その電話を作った人が、かける人をどう想定していたのかが、少し見えてくる気がします。
画面のない世界の設計は、画面の世界以上に「見えない人の不安」を想像する仕事なのかもしれません。もしよければ、チャットボット側の会話設計はチャットボットのUX設計で、高齢の方向けの入口の考え方は高齢者向けUIデザインで、画面を持たないUI全般はAIプロダクトのUI設計6原則で書いています。
音声UIについてよくある質問
音声UIとは何ですか?
声と耳だけでやりとりする、画面のないインターフェースのことです。電話の自動音声(IVR)、ボイスボット、スマートスピーカーなどが含まれます。画面と違い、情報が耳に入る順番にしか届かない点が、設計上のいちばんの違いです。
AI電話に、担当者へ代わる道は必ず要りますか?
必須ではないと考えています。自動応答は担当者に回さないために入れるものなので、人に代わる道を置かない判断もあり得ます。ただし置かないなら、「この電話で済まない用件はどこへ行けばよいか」を冒頭で言う必要があります。行き先を言わないことが、受話器を置かれるいちばんの理由だからです。
AI電話と従来の自動音声は何が違いますか?
従来の自動音声は「1を押してください」のように、選択肢が決まった一本道です。AI電話は自由な言葉を受け取れる分、何でも聞いてよさそうに見えます。そのぶん、できないことを最初に伝える設計が、より大切になると考えています。
音声UIの設計で最初に直すなら、どこですか?
筆者なら冒頭の10秒です。何の電話か、選択肢がいくつか、この電話で済まないときの行き先はどこか。この3つを先に言うだけで、あとの段がずいぶん軽くなります。人に代わる道を置くかどうかは、その次に決めればよいと思います。
この記事は、ARCHECOが運営するメディア「AI・新規事業戦略大学」でお届けしました。ARCHECOは、UI/UXデザインとプロダクト開発を強みに、お客さまと並走しながら「使われるもの」をつくっているチームです。ご相談・お問い合わせはこちらからどうぞ。