
子どものころ、夏休みの自由研究で豆を育てました。発芽率を上げる方法を調べる、という題目です。
水の量を変え、土を変え、温度を変え、30粒ほど蒔きました。 芽は、よく出ました。研究としては大成功です。
そして、全部枯らしました。
芽が出たあとに何をすればいいかを、私は一度も調べていなかったからです。発芽までは全部書いてあったのに、その先のページを開いていなかった。
先に一行だけ置きます。PMFとはプロダクトマーケットフィットの略で、良い市場に、その市場を満足させられるプロダクトがある状態のことです。
題材は、大企業が作った新規事業創出の会社です。外部の会社と組み、100億ほどの資本を入れて設立されました。
前置きはさておき、本題に入ります。
今日は、その会社が年間20〜30本の新規事業を生み出して、漏れなく全滅した話をしていこうと思います。
① 教科書どおりに、数を打つ

教科書には、こう書いてあります。新規事業は打率が低いので、試行回数を増やせ。
そのとおりに設計されていました。
→ 100億ほどの資本を入れて、新規事業創出の会社を作る
→ 年間20〜30本の新規事業を生み出す
→ 小さく作って、市場に当てる
数は出ました。 起案も通り、チームも立ち上がり、プロダクトも形になります。
ここまでは、教科書どおりです。
② そのとおりに進めて、全滅する

ところが、結果はこうでした。
「どちらの会社の人材も、プロダクトアウトはできるけど、PMFや黒字化まで押し上げる1-10フェーズの死の淵で、漏れなく全滅しました。その全滅活動を年間数10億かけてやっているのを横目で見ていました。」
漏れなく全滅しています。 しかも、その全滅活動に年間数十億が使われている。
そして、記録にはこう書かれています。
「PMFや黒字化まで押し上げる1-10フェーズの死の淵で一様に死ぬチームが、100回試行して100回死んだと言う結果をもたらしたのです。」
100回試行して、100回死にました。
打率が低いのではありません。打率が0です。
③ そして、死ぬ場所が毎回同じだと気づく

回数を重ねるうちに、はっきりしたことがあります。死ぬ場所が、毎回同じでした。
→ 0→1は、通る
→ PMFや黒字化まで押し上げる1→10のフェーズで、一様に死ぬ
「死の淵」と呼ばれていました。
起案の質の問題ではありませんでした。 質が悪いなら、死ぬ場所はばらけるはずです。良いものは先へ進み、悪いものは早く死ぬ。ところが実際は、良し悪しに関係なく、同じ場所で止まっていました。
同じ場所で全部が止まるなら、原因は事業の側ではなく、通り道の側にあります。
分布を数字で置くと、こうです。0→1を通過した件数は年間20〜30件、1→10を通過した件数は0件。 打率が低いのではなく、特定の1区間で全部が止まっています。
④ 原因は「0→1にしか予算が付かない」こと

原因を一つに絞ると、これでした。
0→1は小さい金額で承認できます。1→10は目立つ金額になります。
そして、大企業の中では目立つ金額の失敗が、責任問題になります。 実は、この非対称そのものが仕組みとして働いています。
結果、こうなります。
→ 小さく試す → 通る
→ 伸ばす投資を仰ぐ → 審査が重くなる
→ 重くなる → 実質的に通らない
背景にあるものには、名前が付いていました。
「おそらくその理由は、目立つ大きな失敗死亡説、小さな失敗0理論によるものだと考えられます。」
小さく失敗するぶんには、誰も責任を問われません。だから小さく試すことだけが繰り返され、伸ばす決断だけが誰の手にも渡らない。
「本来、大きな予算を確保して、横綱相撲で戦えば勝ちやすかったのに、大きな予算で失敗すると、その責任を問われる」
一様なやり方でスタジオを作った結果が、0%を100回でした。
掛け算の一項が0なら、試行回数を掛けても0のままです。
⑤ 直してみる — ステージを割って、自動で次へ渡す

やることは3つです。
1. 1→10をもがくのに十分な予算を、最初に確保する。
0→1の予算しか無い状態で始めると、必ず死の淵に落ちます。入口ではなく、渡る先の板を先に架けます。
2. 複数ステージに分割し、クリアしたら自動的に次の投資へ進むようにする。
一件ごとに投資判断を仰ぐ形にすると、そのたびに審査が発生します。「このフェーズをクリアしたら次の投資へ進む」を先に合意しておけば、判断は最初の一回で済みます。
3. その事業単体の売上以外に、何が得られるかを合意に含める。
経営層に対しては、「今すぐ数十億円は稼げなくても、社全体にとって有益な資産が増える」という説明を用意しておきます。金額だけで判断される土俵から降りるためです。
⑥ あとで知った — PMFの定義に、順序が書いてあった

素朴な対処のつもりでしたが、調べると同じことを指す定義は、すでにありました。
PMF(プロダクトマーケットフィット)という言葉は、ベンチマーク・キャピタル共同創業者のアンディ・ラクレフが名付けたものです。考え方そのものは、セコイア・キャピタル創業者のドン・バレンタインに遡ります。
これを広めたのがマーク・アンドリーセンで、2007年夏の連載の中の「The Only Thing That Matters」という記事でした。彼はこの考えを「ラクレフの系(Rachleff’s Corollary)」と呼んで、こう書いています。
「唯一重要なのは、プロダクトマーケットフィットに到達することだ」
そして定義がこれです。
「プロダクト/マーケット・フィットとは、良い市場にいて、その市場を満足させられるプロダクトを持っていることである」
「良い市場にいて」が先に来ています。
私たちが数を打っていたのは、プロダクトのほうでした。市場は毎回、後から探していた。
そして、記事の題は「唯一重要なこと」です。到達することが唯一重要だと書いてある。到達する前に止まる仕組みで100回試すことは、定義上、一度も本題に入っていなかったことになります。
新しい理屈は、ひとつも要りませんでした。
⑦ 何が変わったか

数える対象が変わりました。
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前:年間に何本立ち上げたか
後:1→10へ渡った本数と、渡れずに止まった本数
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立ち上げ数を成果として報告している限り、この構造は温存されます。 立ち上げは通るからです。
報告書に並ぶのは、通った件数だけです。止まった件数を書く欄が、そもそもありませんでした。
⑧ 現場で使うなら、この2枚

表1:ステージと、次へ進む条件(先に合意する)
| ステージ | 何を確かめるか | クリア条件 | 次の投資 |
|---|---|---|---|
| 0→1 | 作れるか | 動くものが現場に出た | 小額・既に承認済み |
| 1→10 前半 | 市場が良いか | 想定顧客が繰り返し使った | 自動で次へ |
| 1→10 後半 | 単位経済が合うか | 1件あたりの採算が見えた | 自動で次へ |
| 10→ | 伸ばせるか | 供給を増やしても崩れない | 都度判断 |
「自動で次へ」の行があるかどうかだけが、この表の要点です。 全行が都度判断だと、必ず1→10で止まります。
表2:撤退の判定(同じ場所で死んでいないか)
| 見るもの | 判定 |
|---|---|
| 死んだフェーズの分布 | 一箇所に集中していたら、事業ではなく仕組みの問題 |
| 死因に金額の話が出た比率 | 高ければ予算構造が原因 |
| 立ち上げ数と到達数の比 | 立ち上げ数だけ報告していないか |
表3:報告に載せる指標を入れ替える
| いま報告しているもの | 入れ替え先 |
|---|---|
| 立ち上げ件数 | 1→10へ渡った件数 |
| 検討中の件数 | 止まっている位置ごとの件数 |
| 投下した金額 | 渡れずに終わった件数 |
3行とも、報告する側にとって都合が悪くなります。 立ち上げ件数は増やせますが、渡った件数は増やせないからです。だからこそ、入れ替える意味があります。
運用では、次の5件に名前を付けて配りました。名前が付くと、会議の中で指差せるようになります。
1件目、「0→1の成功は、まだ何の証明でもない」。 形になったことと、伸ばせることは別の話です。100回の起案が通っても、通り道が閉じていれば結果は変わりません。
2件目、「1→10の予算を、最初に確保する」。 伸ばす段階で改めて仰ぐ形にすると、そこで止まります。最初の合意に、次の枠まで含めておきます。
3件目、「ステージを跨ぐ判断は、都度ではなく事前に決める」。 何を満たしたら次へ進むかを、始める前に文章にします。都度の判断にすると、判断者の立場が判断の中身に混ざります。
4件目、「試行回数は、通り道が開いてから増やす」。 閉じたまま回数を増やすと、損失だけが線形に増えます。100回試して100回死ぬのは、これです。
5件目、「その事業以外に何が残るかを、合意に含める」。 売上以外に何が得られるかを最初に書いておくと、金額だけで判断されにくくなります。
この5件は、1枚に印刷して配れる分量に収めています。増やすと、誰も覚えません。
⑨ この考え方が効き続ける理由

新規事業の作り方は、これからも改良されます。それでも、この構造は残ります。 事業の作り方の問題ではなく、組織の中で金額の大きさが承認の重さを決めるという構造の問題だからです。
→ 0→1は小さい → 通る
→ 1→10は目立つ → 審査が重くなる
→ 重い審査は時間で止まる
→ だから、同じ場所で全部が死ぬ
試行回数を増やす前に、渡る先の板が架かっているかを見てください。 架かっていなければ、増やした回数のぶんだけ損失が積み上がります。年間数十億という額は、そうやって積み上がりました。
ただし、正直に書いておきます。この「自動で次へ進む」設計を、私はまだ完成形で見たことがありません。 ステージを割るところまでは多くの組織がやっています。その先の「自動で」が、たいてい骨抜きになる。結局そこで一度、人が判断する。 そこをどう設計しきるかは、まだ解けていません。
数え直すと、報告に使われていた指標は1件、使われていなかった指標は2件でした。使われていなかったのは、1→10へ渡った件数と、渡れずに止まった件数です。年間20〜30件を立ち上げて、渡った件数は0件です。
関連して、ビジネスモデルキャンバスの9マスを検証する話と、デザイン思考は聞くのではなく観察する話を別に書いています。事業計画が投資ではなく費用に見える話はすでに公開しています。あわせて読むと、同じ判断が別の場所でも効いていることが分かると思います。
この判断を実際の案件で使う場面については、新規事業コンサルとMVP・PoCのページに整理しています。
100回といえば、腹筋を毎日100回やると決めた年があります。3日でやめました。
0→1は、わりと得意なんです。 その先を一度も設計しなかったところまで、今日の話と同じでした。
以上です。