PoCとは?実証実験では出ない0.1%が、本番で最後に残る

PoCとは、作る前に「それが成立するか」を小さく確かめる実証実験のことです。ところがPoCで99.9%動いたものを本番に載せると、最後に0.1%が残ります。3万円を超える注文が1件、どこにも記録されないまま与信だけ確保された事故が起きました。原因はAIの親切です。修正見積りが2分で「火曜日」から「1時間後」に書き換わった記録と、受注が前半13日で2件・後半11日で17件に動いた本当の理由を、実際の記録だけで書きます。99.9%を100%にする仕事は、AIではなく設計と現場が引き受けます。
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PoCとは?実証実験では出ない0.1%が、本番で最後に残る

去年の暮れに、家族で1000ピースのジグソーパズルを組みました。

三日かけて999ピースまで並べて、最後の1ピースが見つかりませんでした。 テーブルの下、ソファの隙間、鞄の底。30分探しました。

その30分、あの絵は誰にも「絵」として見えていません。 1ピース欠けた絵は、絵ではなく未完成品です。

99.9%とは、そういう状態のことです。僕がただの神経質なだけかもしれませんが…。

先に一行だけ置きます。PoCとは Proof of Concept の略で、作り込む前に「その考えが成立するか」を小さく確かめる実証実験のことです。

題材は、滞在客が自分の端末から荷物の配送を申し込めるアプリです。ホテルに置いて、現場で実際に使ってもらいました。

前置きはさておき、本題に入ります。

今日は、PoCで99.9%まで行ったものを本番に載せたときに、最後に何が残ったかという話をしていこうと思います。

① 教科書どおりに、PoCで確かめる

教科書どおりに、PoCで確かめる

PoCの教科書どおりに進めました。小さく作って、現場に置いて、成立するかを見る。

動きました。

申し込みはフォームから入り、料金が自動で計算され、決済が通り、注文が一覧に並ぶ。問い合わせにはAIが答える。精度も応答も、十分でした。

この時点の報告は、こうです。

「LLMは99.9%にできるけど、100%の処理では予期せぬ対応をする可能性がある」

正確な報告です。 そして同時に、危険な報告でもありました。

99.9%という数字が、褒め言葉として読めてしまうからです。 そう報告されたら、会議はそこで止まります。誰も「残りの0.1%を誰がやるのか」を聞きません。

ここまでは、教科書どおりです。

② そのとおりに本番へ載せて、3万円が宙に浮く

そのとおりに本番へ載せて、3万円が宙に浮く

本番で、こうなりました。

3万円を超える注文が1件、システムのどこにも記録されないまま、与信だけが確保されていました。

構造は3段です。

→ ① そのサービスは、システムとしては受け付けない状態で閉じていた
→ ② LLMが良かれと思って、それを案内した
→ ③ 話が進んで決済まで到達し、与信だけが残った

利用者のカードは、その金額ぶん押さえられています。ところが、荷物を取りに行く先が、どこにも記録されていません。

いちばん厄介だったのは、これがエラーとして飛ばないことでした。

→ 画面は落ちていない
→ 通信は成功している
→ 案内は自然
→ ログにもエラーが無い

事故の痕跡が「あるべきものが存在しない」形で残ります。

誰かが台帳と決済の明細を突き合わせるまで、この3万円は誰の目にも入りません。

③ そして、0.1%は精度の話ではないと分かる

そして、0.1%は精度の話ではないと分かる

なぜPoCで出なかったのかというと、理由はこうです。PoCでは、受け付けを止めている状態を試していなかったからです。

PoCが確かめられるのは、試した範囲の中だけです。

そして、ここで「0.1%」の正体が変わりました。

0.1%とは、小さいという意味ではありません。AIが手を引いた後に丸ごと残る仕事量につけた名前です。

引き受け手には、3つしか選択肢がありません。

AIが引き受ける — できません。それが0.1%の定義です
設計が引き受ける — 止める仕組みを作る
現場が引き受ける — 気づいた人が手で直す

要は、3つ目がいつも既定になっています。

④ 原因は「見積書に0.1%の行が無い」こと

原因は「見積書に0.1%の行が無い」こと

原因を一つに絞ると、これでした。

機能や画面の数には行があります。「AIが通したものを止める仕組み」には行がありません。

止める仕組みは機能ではないからです。行が無いので、誰の担当でもない。誰の担当でもないので、事故が起きてから初めて存在が認識されます。

そして厄介なのは、ここ数年で99.9%側の値段が急激に下がったことです。作る部分が安くなったぶん、残った0.1%の比重だけが上がりました。

⑤ 直してみる — 0.1%を、直せる層に置く

直してみる — 0.1%を、直せる層に置く

事故の当日、修正の見積りはこう出ました。

「火曜日には対応が完了します」

打ち消し線です。その2分後。

「アプリのバージョンアップをせずにバックエンドだけで対応できそうなので、1時間後には対応が完了します。」

2分で、火曜日が1時間後になっています。

これを「速い」と読むのは半分しか読めていません。差を作ったのは技術力ではなく、修正がどの層に閉じるかです。

自分の側で閉じる修正 — 1時間
外部の審査を通る修正 — 火曜日

同じ1行でも、置いた場所が違うだけで火曜日と1時間に分かれます。 そしてこの差は、事故が起きてからでは作れません。

その外側の話もします。当時、ストアの審査が遅れていました。理由について、こう聞いています。

「AI開発による申請が増えまくっていて…」

皮肉です。99.9%を作れる人が増えた結果、100%に至る最後の関門だけが混雑しました。 速度をいくら上げても、渋滞は自分では解けません。

⑥ あとで知った — この現象には、43年前の名前がついていた

あとで知った — この現象には、43年前の名前がついていた

素朴な対処のつもりでしたが、調べると同じものを指す論文は、すでにありました。

認知心理学者のリザンヌ・ベインブリッジが1983年に『Automatica』へ発表した 「Ironies of Automation(自動化の皮肉)」 です。

主張はこうです。仕事の大半を自動化すると、新たに深刻な問題が生じる。人間の作業者には、自動化できなかった仕事だけが残るからだ。

そして、残された側に何が起きるかも書かれています。作業者は、脈絡のない仕事の寄せ集めと、わずかな支援だけを渡された状態になる。

「脈絡のない寄せ集め」。 これが、私たちが0.1%と呼んでいたものの正体でした。

さらに二段目があります。自動化されると、作業者は日常業務の中で技能を練習しなくなる。にもかかわらず、稀にしか起きない重要な介入に備える必要がある。だから訓練は減るのではなく、増やさなければならない。

自動化すると人の仕事は減る、という前提そのものが違っていました。

この論文は2016年11月時点で1,800件の引用を集めており、その数は増え続けているそうです。43年前に指摘されたことが、いまAIで再演されています。

新しい理屈は、ひとつも要りませんでした。

⑦ 何が変わったか — 数字が動いたのは、作り切った週ではなかった

何が変わったか — 数字が動いたのは、作り切った週ではなかった

成果の側に移ります。こちらのほうが、0.1%の正体がはっきり出ます。

中間時点の記録です。

「目標の160DL、26件受注(受注率15%)に対し、今は約50ダウンロード・2件受注(受注率4%)」

受注率で、目標の4分の1です。 詰まっていたのはファネルの手前でした。

最終の記録はこうです。

「受注19件/配送32個(昨年24個に対し133%)/売上127,951円(目標に対し121%)」

そして、内訳がこれです。

前半13日で2件、後半11日で17件(850%成長)

同じアプリ、同じ現場、同じ声かけ。人も増えていません。

記録には、この週に起きたことが2つ並んでいます。

部屋への案内と、ドアノブに吊るチラシ。 これを実施した後、ダウンロードが200〜300%増加
→ 残り4日のところで、Push通知・クーポン・配送時間指定が本番投入

正直に書くと、この2つは同じ週に走っており、どちらがどれだけ効いたかは切り分けられていません。

ただ、一つだけ言えます。数字が動いたのは、アプリの中身を作り切った週ではありませんでした。

逆側の記録もあります。飲食予約の機能は、最終日まで受注ゼロでした。客に「どこで飲食店を調べていますか」と聞くと、そもそも調べていないという答えが返ってきます。

需要が無いのではありません。その人の中に、まだ「調べ方」という習慣が無いという答えです。機能を足しても、習慣は生まれません。

そして、現場から出てきた解のひとつが、これです。

「タオルを3枚置けば内線の問い合わせはかかってこない」

数千万円規模の実装量と、タオル3枚が、同じ問題への解として並置されます。

⑧ 現場で使うなら、この3枚

現場で使うなら、この3枚

表1:0.1%の引き受け手(見積書に行を作る)

0.1%の中身検知方法誰がいつ
AIが閉じた受付を案内した突き合わせ運用担当毎日
決済のみ成立突き合わせ運用担当毎日
利用を思い出してもらう現場の掲示決めていないと誰もやらない常時
判断がつかない問い合わせ有人へ転送現場即時

この表を、機能一覧と同じ扱いで見積書に載せてください。

表2:修正がどの層に閉じるか(事故の前に決める)

修正の置き場所復旧までの時間事故の前にやること
バックエンドの設定1時間止める判断をここに置く
バックエンドのコード数時間
アプリ本体審査を挟む=数日ここに置かない

「同じ1行を、どこに置くか」を先に決めます。 事故が起きてからでは動かせません。

表3:PoCの合否判定(精度で判定しない)

見る項目合格条件
精度参考値。単独では合否にしない
0.1%の引き受け手表1が全行埋まっている
突き合わせの設計実装されている
利用を始めてもらう導線担当が決まっている

⑨ この考え方が効き続ける理由

この考え方が効き続ける理由

99.9%の値段は、これからも下がります。そして、下がるほど0.1%の比重が上がります。 これは技術の進歩で解決しません。0.1%は、精度ではなく配分の問題だからです。

→ 作る部分が安くなる → 誰でも99.9%に到達できる
→ 残るのは引き受け手の決まっていない0.1%
→ そこには見積書の行が無い
→ だから、事故として現れる

PoCの合否を精度で判定してはいけません。 0.1%の引き受け手が決まっているかどうかで判定してください。

そして、実装力の証明もそこに出ます。火曜日を1時間に変えたのは、事故の日の技術力ではなく、事故の前に置き場所を決めていたことでした。

ところで、ここまで書いてきたことは全部、事故のあとに分かったことです。ただし、事故の前に分かる方法もありました。突き合わせを1件、設計に入れておくだけです。とはいえ、それを見積書に書ける人が、当時どこにもいませんでした。

関連して、内製化しても意思決定は速くならない話と、AIエージェントの目標書き換えを防ぐ話を別に書いています。物流DXで最後の0.1%が残る話はすでに公開しています。あわせて読むと、同じ判断が別の場所でも効いていることが分かると思います。

この判断を実際の案件で使う場面については、新規事業コンサルとMVP・PoCのページに整理しています。


0.1%といえば、宝くじの当選確率をいまだに正確には知りません。当たったあとの使い道だけは、毎回きちんと決まっています。

残りの0.1%を先に考えないという点では、僕も人のことは言えませんでした。

以上です。

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