
事業計画書の書き方の話をする前に、どんな事業を立ち上げようとしているのかから始めます。事業の形によって、計画書の通り方が変わるからです。
題材は、産業用機械のメーカーが、部品をサブスク型に転換するという企画です。
いまは、消耗部品を売り切りで販売しています。顧客は必要になったら発注し、在庫を持ち、切らすと機械が止まる。
新しい形はこうです。部品を売り切るのをやめて、月額で提供する。 消耗部品を定期的に届け、使用状況を見て交換時期を提案し、故障の前に手を打つ。顧客は在庫を持たなくて済み、メーカーは売上が平準化する。
試験的に3社へ提供したところ、継続率も反応も良い。現場の期待は高い。
ここで、なぜ事業計画書が要るのかというと、新しい事業には、先に金が要るからです。
定期配送の仕組み、使用状況を見るための計測、請求の仕組み。売上が立つ前に、これらを作らなければなりません。 その金を出してもらうために、何にいくら使い、いつ何が返ってくるかを説明する。
事業計画書とは、その事業が何を目指し、どうやって稼ぎ、いくら必要かを説明する文書です。目的、課題、提供価値、市場、競合、収益モデル、資金使途、体制、スケジュール、到達目標。書くべき項目は、調べればいくらでも出てきます。
ひとつ、先に区別しておきます。社外向けと社内向けでは、読み手が見ているものが違います。
→ 社外向け(投資家・銀行)は、事業が伸びるかを見る
→ 社内向けは、その支出が制度のどこに収まるかを見る
この記事は、後者の話です。 同じ計画書でも、通す相手が社内だと、効くポイントが変わります。
前置きはさておき、本題に入ります。
今日は、その計画書が止まって、数字を一切変えずに通るまでの話をしていこうと思います。
① 教科書どおりに、計画書を書く

型に沿って書きます。市場規模を調べ、競合を並べ、収益モデルを組む。
数字はこうなりました。
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1年目:契約 20社/売上 小/初期費用がかさみ 赤字
2年目:契約 80社/売上 中/ほぼ収支均衡
3年目:契約 200社/売上 大/黒字転換
4年目以降:既存顧客の継続により、安定的に利益
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サブスク型なので、立ち上がりが遅く、あとから効いてくる形になります。教科書的にも正しい絵です。
試験提供の実績もあります。継続率も出ています。レビューも通りました。
そして提出したところ、止まります。
② 止まった理由が、数字の中身ではなかった

返ってきたコメントは、こうでした。
「初年度が赤字の計画は、今期の予算では承認できない」
3年目に黒字化する、という話は読まれています。それでも通りません。
理由を確認すると、単純でした。その部署の予算は、単年度で評価されるからです。年度の終わりに、投じた金額に対して何が返ってきたかを報告する。初年度赤字の事業は、その報告書に「マイナス」としてだけ載ります。
3年目の黒字は、3年目の報告書に載ります。 今年の評価には、1ミリも影響しません。
ここで多くの人がやるのは、数字を作り直すことです。初年度の費用を削り、契約数の想定を増やし、なんとか収支を均衡に近づける。
そして、事業が動かなくなります。 削った費用は、たいてい立ち上げに必要なものだからです。
③ 経営企画に聞いて、順番が違うと分かった

行き詰まって、経営企画の担当者に相談しました。
返ってきた答えが、こうです。
「その計画、単年度予算の枠で出してますよね。中期の投資枠なら3年で見ますよ。ただし、枠を使うなら先に申請の種類が変わります」
つまり、同じ計画書が、どの枠に出されるかで評価の物差しごと変わるということでした。
→ 単年度予算の枠 → 今年度の収支で判断 → 初年度赤字は説明の穴
→ 中期の投資枠 → 3年のトータルで判断 → 初年度赤字は織り込み済み
そして重要なのは、枠の選択が、計画書を書く前に決まっていることです。書き上げてから枠を変えることはできない。申請の種類が違うからです。
数字を作り直す必要は、ありませんでした。 出す先を間違えていただけです。
④ 事業計画書には、2つの層がある

この一件で、計画書の構造が見えました。
層1:事業として何をやるか。 市場、顧客、提供価値、収益モデル。ここは、事業の良し悪しの話です。
層2:その金が、社内の制度にどう収まるか。 どの枠に出し、何年で評価され、誰が判断するか。ここは、制度の話です。
層2が設計された跡は、記録に残ります。ある共創プロジェクトの資料では、資金調達の段階表記が「シリーズB」から「まずシードでトラクションを作り、そのうえでシリーズA」へ書き直されました。事業が縮んだからではありません。決裁を通しやすくするためです。同じ整理のなかで、「開発費」という直接的な言葉づかいを避ける方針も決まっています。
数字の側にも、同じことが起きます。同じプロジェクトの議事録には、「見栄えの良い収支計画を作成する」という一文がそのまま残っています。人件費を現物出資とみなして損益計算書から外す、という整理をした回です。別の回では、役員の漠然とした不安に答えるために、ミニアプリを20個、年間1万人、といった粒度の数字が急いで置かれました。事業の解像度が上がったから出てきた数字ではありません。
多くの計画書は、層1が優秀で層2がゼロのまま提出されます。 そして層2で止まる。止まった理由が「計画が弱かったから」だと本人が誤解して、次はもっと厚い資料を作る。そしてまた止まります。
層2は、計画書の中には書かれません。計画書を書く前の会話で決まります。
⑤ 直してみる — 数字より先に、3つを合意する

書き始める前に、この3つを確認しました。
1. 何年で評価されるか。
単年度か、複数年か。ここが決まらないと、初年度の数字をどう置くかが決まりません。 単年度なら初年度黒字の絵を描くしかなく、そのためには事業を小さくするしかない。複数年なら、立ち上げに必要な投入を書けます。
年数は、意外な場面で言葉になります。ある共創プロジェクトでは、トップが乗り気になった席で「回収期間は5年」という一語が置かれ、以後の計画はその5年に合わせて組み直されました。逆に、既存事業の買収と同じ短期の利回りで見られた場では、新規事業の絵は毎回そこで潰れています。
2. どの枠・どの科目で出すか。
単年度予算か、中期投資枠か。設備を持つのか、使うのか。枠が決まれば、要求される材料が決まります。
枠は、こちらの都合と関係なく動くこともあります。同じプロジェクトでは、社内の職務権限規定が改定され、一定額を下回るベンチャー投資は委員会を通さず社長決裁でよいことになりました。そこで検討されたのは、計画を作り直すことではありません。一括で出す予定だった金を年ごとに割り、協賛金という別の名目に載せ替える案です。中身は同じままです。
3. 誰が判断するか。
部門長か、経営会議か、投資委員会か。判断者が違えば、聞かれることが違います。 同じ資料で全員を満たそうとすると、誰にも刺さりません。
判断者は、途中で入れ替わります。同じプロジェクトで、上申の宛先は2ヶ月のあいだに4回変わりました。投資委員会に出す予定が、本部長の議案になり、役員の朝会になり、最後は四者での会議になる。背景にあったのは、中間の階層に新規事業と技術の両方を判断できる人がいないことでした。判断できる人がいない組織では、決裁は一足飛びに最上位まで上がります。
この3つは、計画書に書く項目ではありません。 書き始める前に、関係者に聞いて回るものです。
⑥ あとで知った — 段階的に出す枠組みが、すでにあった

素朴な整理のつもりでしたが、調べるとより整った枠組みが確立していました。
ステージゲート型です。全額を一度に承認するのではなく、開発の段階ごとに継続・中止の判断を置く。 定義がこうなっています。
「資源の投入を、定義済みのマイルストーンの達成に紐づけることで、有望でない・リスクの高いアイデアを早期に絞り込む」。
つまり、「3年で200社」を一度に承認してもらうのではなく、「1年目に20社に到達したら、2年目の予算が出る」という形にできるわけです。
これは、初年度赤字の問題を別の角度から解きます。赤字を説明するのではなく、赤字の期間を短く区切って、そのぶんだけ承認をもらう。 承認する側のリスクも下がるので、通りやすくなります。
2つ目。定性リターンは、正式な評価軸でした。
企業がベンチャー投資を行う理由として、財務リターン以外の戦略的な便益が明記されています。技術動向の先を行くこと、先端技術と知見へのアクセス。これらは「数字から逃げた言い訳」ではなく、制度上認められた投資理由です。
3つ目。期間についても、根拠がありました。 企業のベンチャー投資部門は、通常のベンチャーキャピタルより長い時間軸を取り、5年の投資期間を設けることが多いとされています。事業が成熟するだけの滑走路を与えるためです。
「3〜5年で見てほしい」は、わがままではなく標準的な運用でした。
ただし正直に書いておくと、これらは投資枠を持っている組織の話です。単年度予算しか持たない部署が、この枠組みを使うことはできません。まず、自社にその枠があるかを確認するところからになります。
新しい理屈は、ひとつも要りませんでした。
⑦ 何が変わったか

出す枠を変えて、段階を区切って出し直しました。数字は1つも変えていません。
変えたのは3点です。
→ 中期投資枠に出した(3年のトータルで評価される)
→ 1年目の到達点を明示した(20社に到達したら次の予算が出る形)
→ 定性リターンを併記した(サブスク型の運用ノウハウが社内に残る)
承認されました。 そして、承認された金額は当初の計画より小さい。1年目の分だけだからです。
これは悪いことではありませんでした。1年目に20社に届かなければ、そこで止められる。 止められる設計になっていることが、承認する側の安心材料になっています。
「全額を一度に取る」を諦めたら、通りました。
⑧ 現場で使うなら、この順番

計画書を書き始める前に、この表を埋めてください。市場規模を調べるより先です。
表1:評価の物差しの確認
| 確認項目 | 記入 | 決まること |
|---|---|---|
| 何年で評価されるか | 単年度/3年/5年 | 初年度の数字をどう置くか |
| どの枠に出すか | 単年度予算/中期投資枠 | 要求される材料 |
| 科目は何か | 資産計上/運営費 | 承認の階層と所要期間 |
| 誰が判断するか | 部門長/経営会議/投資委員会 | 聞かれること |
| 段階を区切れるか | 可/不可 | 一度に取る額 |
最終行が効きます。 区切れるなら、全額を取りにいく必要がありません。
表2:段階の設計(ステージゲート)
| 段階 | 期間 | 到達したら次へ進む条件 | この段階で出す額 |
|---|---|---|---|
| 検証 | 6ヶ月 | 有償契約が○社 | 小 |
| 立ち上げ | 1年 | 継続率が○%、契約が○社 | 中 |
| 拡大 | 2年目以降 | 単月黒字 | 大 |
「到達したら」の列を、必ず数字で書いてください。 ここが曖昧だと、段階を区切る意味がなくなります。そして到達しなかったときに止める、という合意も同時に取る。 止められない段階設計は、ただの分割払いです。
表3:定性リターンの書き方
| 種類 | 書き方の例 |
|---|---|
| 人材育成 | この事業を通じて、社内に無かった○○の経験が人に残る |
| 事業シナジー | 既存事業の顧客・チャネル・ブランドに、こう効く |
| 技術・市場へのアクセス | この領域の動向が、内側から見えるようになる |
| 全社目標への寄与 | 中期計画の○○のテーマに、実績として計上できる |
順番を間違えないでください。 定性だけを並べると「数字から逃げた」と受け取られます。定量の骨格を先に置き、その周りに定性を配置する。 骨格が無いところに定性を積んでも、それはポエムになります。
⑨ この書き方が効き続ける理由

計画書を厚くする方向の努力は、評価の物差しが合っていない限り、報われません。
→ 単年度で評価される場に、3年計画を出す
→ 1年目の数字だけで判断される
→ 「説明が足りなかった」と誤解して、資料を厚くする
→ 次の会議でも、1年目の数字だけで判断される
この往復は、何周しても終わりません。軸が違うからです。
一方、物差しを先に合意しておけば、必要なページ数は自然に決まります。 3年で見る場と合意できていれば、初年度赤字の説明に10ページ使う必要がありません。織り込み済みだからです。
そして、この構造は事業の内容に依存しません。サブスクでも、AIでも、海外展開でも、同じです。 会計の枠組みと決裁の階層は、事業が変わっても変わらない。一度覚えれば、次の企画でも使えます。
良い計画だから通るのではありません。良い計画を、合った物差しの場に持っていったときに通ります。
ちなみに、経営企画の担当者に相談したのは、計画書を3回書き直したあとでした。
最初から聞いていれば、2回分の書き直しは要りませんでした。
なぜ聞かなかったかというと、事業の話をしに行くのに、経理の話から始めるのが気が引けたからです。いま思えば、逆でした。
以上です。