
新規事業のフレームワークを解説する記事は、たいてい埋め方から始まります。9つのマスにはこう書く、4つの象限はこう分ける。埋め方を覚えれば使える、という前提です。
ところが、実務で起きるのは逆のことです。きれいに埋まったキャンバスを持った事業が、埋まったまま死んでいきます。ただ、埋め方を間違えたからではありません。そのフレームワークが何を見つけるための道具なのかを決めずに、埋めることそのものが目的になったからです。
今日は、新規事業のフレームワークを「埋める道具」ではなく「失敗の検出器」として並べ直す、という話をしていこうと思います。
先に結論を一行だけ置きます。新規事業が死ぬ場所は4つに絞られます。フレームワークの価値は、どの死を、どれだけ早く検出できるかで決まります。 だから選び方は「どれが有名か」ではなく「いま、どの死がいちばん近いか」です。
なお、本記事はアルチェコ(ARCHECO)が運営する媒体です。後半に、発信元自身が検出器を持たずに埋めて失敗した記録を1件置きます。
① 新規事業が死ぬ場所は、4つに絞られる


新規事業のフレームワークの一覧をすでにご存じの方は、② 早見表|4つの死と、それぞれの検出器から読み進められます。
新規事業のフレームワークとは
新規事業のフレームワークとは、考えるべき項目と順番を、あらかじめ型にしたものです。空欄を埋めていくと、抜けが減り、他人と同じ形で共有できます。
注意したいのは、埋まったことと、確からしいことは別だという点です。フレームワークは項目の抜けを教えてくれますが、書いた中身が正しいかどうかは教えてくれません。(ここが、この記事の後半の主題です)
フレームワークを使うメリット
効果は3つに整理できます。
- 抜け漏れが減る — 考えるべき項目が先に並んでいる
- 共有しやすくなる — 同じ型なので、別の人が見ても、どこの話かが分かる
- 議論が早くなる — 「何を決める会か」が枠で決まっているため、話が発散しにくい
3つ目が、社内で新規事業を進めるときにいちばん効きます。決裁する人と作る人が、同じ紙を見て話せるようになります。
立ち上げのプロセスと、どの段階で何を使うか
新規事業は、おおむね次の順で進みます。段階ごとに、向いている型が違います。
| 段階 | やること | 向いている型 |
|---|---|---|
| アイデア出し | 案を数多く出す | マンダラート、SCAMPER、オズボーンのチェックリスト |
| 方向づけ | 目的と対象を決める | MVV、ペルソナ、カスタマージャーニーマップ |
| 市場・競合の分析 | 勝てる場所を探す | TAM・SAM・SOM、3C、PEST、ファイブフォース、SWOT、VRIO |
| 事業の構造化 | 儲かる形にする | STP、バリュープロポジション、ビジネスモデルキャンバス、リーンキャンバス |
| 提供の設計と説明 | 届け方を決め、社内を通す | サービスブループリント、4P・4C、エレベーターピッチ |
この表は「順番の目安」であって、上から順に全部埋めるものではありません。いま何が分かっていないかによって、使うものは変わります。
マンダラート|アイデアを広げる
3×3のマスの中心にテーマを書き、周囲8マスを埋めます。埋めた8個をそれぞれ新しい中心にして、さらに広げます。
使いどころは「案が出ない」ときではなく「案が偏っている」ときです。マスを強制的に埋めさせるため、自分では思いつかない方向が出ます。
SCAMPER法・オズボーンのチェックリスト|アイデアを深掘りする
既にあるものに対して、「置き換える」「組み合わせる」「応用する」「変える」「別の使い道にする」「削る」「並べ替える」の視点を当てていきます。
ゼロから考えるより、既存のものを変形させるほうが速く数が出ます。出てきた案の質は問わず、絞り込みは次の段階でやります。
アナロジー分析・トリーズの9画面法|別の領域から借りる
アナロジー分析は、別の業界で成立している仕組みを自分の領域に移します。トリーズの9画面法は、対象を「過去・現在・未来」×「部分・全体・上位システム」の9マスで見ます。
どちらも、同じ業界の中だけを見ていると出てこない案を拾う道具です。
MVV|目的と方向性を決める
ミッション(何のために)、ビジョン(どうなりたいか)、バリュー(何を大事にするか)の3つを言葉にします。
新規事業では、既存事業のMVVと矛盾しないかの確認に使えます。矛盾していると、社内の協力が得られず、途中で止まります。
ペルソナ|誰に向けるかを1人に絞る
対象となる人物像を、属性・状況・困りごとまで具体的に書き出します。
作ったペルソナが正しいかどうかは、この時点では分かりません。実在の人に会って確かめるまでは、仮説として扱ってください。書いた瞬間に事実になったつもりになるのが、いちばんよくある事故です。
カスタマージャーニーマップ|使う場面を時系列で置く
対象の人が、知る・調べる・試す・買う・使い続ける、それぞれの段階で何を考え、何に困るかを並べます。
効くのは「どこで離脱するか」を見つけるときです。全段階をきれいに埋めるより、1か所の詰まりを見つけるために使うほうが実務では役に立ちます。
TAM・SAM・SOM|市場の大きさを見積もる
TAMは対象となりうる市場全体、SAMはそのうち自社が届く範囲、SOMは現実的に取れる範囲です。
3つを分けて書くこと自体に価値があります。TAMだけを示した資料は大きく見えますが、事業として意味があるのはSOMのほうです。
3C分析|顧客・競合・自社を並べる
顧客(Customer)、競合(Competitor)、自社(Company)の3つを同じ紙に置きます。
3つを別々に調べて満足しがちですが、価値が出るのは3つの重なりを見たときです。顧客が求めていて、競合が満たしていなくて、自社ができること。
PEST分析|外部環境の変化を見る
政治(Politics)、経済(Economy)、社会(Society)、技術(Technology)の4つから、事業に効く変化を洗い出します。
新規事業では「なぜ今なのか」の説明に使えます。同じアイデアが5年前に成立しなかった理由が、この4つのどれかにあるはずです。
ファイブフォース分析|業界の構造を見る
競合、新規参入、代替品、買い手の交渉力、売り手の交渉力の5つから、その業界で利益が残るかを見ます。
見落とされやすいのは「代替品」です。同じ業界の会社ではなく、いま顧客がその困りごとを別の方法で片づけている手段が、実際の競合になります。
SWOT分析・クロスSWOT分析|内と外を突き合わせる
強み・弱み(内部)と、機会・脅威(外部)を4象限に置きます。クロスSWOTは、その4つを掛け合わせて打ち手を出します。
SWOTは埋めただけでは何も決まりません。クロスまで進めて、「強み×機会」で何をするかを1行書いて、ようやく道具になります。
VRIO分析・アドバンテージマトリクス|強みが続くかを見る
VRIOは、経済価値・希少性・模倣困難性・組織の4点から自社の資源を評価します。アドバンテージマトリクスは、事業を優位性の作りやすさと大きさで4つに分類します。
新規事業では「その強みは3年後も強みか」を確かめる場面で使います。真似されやすい強みの上に事業を置くと、伸びた瞬間に追いつかれます。
STP分析とポジショニングマップ|立ち位置を決める
市場を切り分け(セグメンテーション)、狙う層を選び(ターゲティング)、その中での位置を決めます(ポジショニング)。ポジショニングマップは、2軸の図で位置を可視化したものです。
軸の選び方で結論が変わります。自社が有利になる軸を選んでしまいがちなので、顧客が実際に比べている軸を使ってください。
バリュープロポジションキャンバス|価値を言葉にする
顧客のしたいこと・困りごと・得たいものと、自社の提供物・困りごとの解消・利得を突き合わせます。
左右が噛み合っていないことが、書いて初めて見えます。提供したい機能が、顧客の困りごとのどれにも当たっていない、というずれが典型です。
ビジネスモデルキャンバス・リーンキャンバス|全体像を1枚にする
ビジネスモデルキャンバスは9つの枠で事業の構造を書き、リーンキャンバスはそれを新規事業向けに組み替えたものです。
2つの使い分けは、この記事の中ほどで別に扱っています。既存事業の整理か、まだ何も決まっていない事業の仮説出しかで、選ぶものが変わります。
サービスブループリント・4P・4C|提供のしかたを設計する
サービスブループリントは、顧客から見える動きと、裏側で動く人・仕組みを対応させて描きます。4Pは売り手側から、4Cは買い手側から、届け方の要素を並べます。
「作れるか」ではなく「回せるか」を確かめる段階の道具です。裏側の人手が足りない設計は、売れた瞬間に壊れます。
エレベーターピッチ・9セル|短く伝える形にする
エレベーターピッチは、誰の何の課題を、どう解決し、既存と何が違うかを短い定型文にまとめます。9セルは、事業案を9つの問いで整理する型です。
短くまとめられないものは、まだ決まっていません。社内説明の道具に見えますが、実際には自分の理解の穴を見つける道具として効きます。
フレームワークを使うときのポイントと注意点
使いこなす側の作法は5つです。
- 自社の状況に合うものを選ぶ — 有名かどうかで選ばない
- 複数を組み合わせる — 1つで全部は見えない
- 定量と定性の両方を入れる — 数字だけでも、声だけでも偏る
- 実際の行動まで落とす — 埋めて終わりにしない
- 始めたあとも直し続ける — 分かったことを反映する
そのうえで、いちばん大事な注意点を1つ。フレームワークを使っても、答えが出るわけではありません。出るのは、整理された仮説です。それが当たっているかどうかは、外に出て確かめるまで分かりません。
新規事業のフレームワークのよくある質問
Q. どのフレームワークから使えばよいですか。
いま何が分かっていないかで決めてください。対象が決まっていないならペルソナ、勝てるかが分からないなら3Cとファイブフォース、儲かる形が見えないならビジネスモデルキャンバスです。
Q. いくつ使えばよいですか。
段階ごとに1〜2個で十分です。数を増やすほど、埋める作業に時間が取られます。
Q. 埋めたのに前に進みません。
埋まったことと、確からしいことが別だからです。埋めた項目のうち、外で確かめたものがいくつあるかを数えてみてください。
Q. 社内提案にはどれが向いていますか。
ビジネスモデルキャンバス(全体像)とエレベーターピッチ(一言の説明)の組み合わせが通りやすいです。ただし通ることと、事業が成立することは別です。
Q. フレームワークを使えば失敗を避けられますか。
避けられません。ただし、失敗に早く気づくことはできます。この記事の後半は、その使い方の話です。
新規事業の失敗談は千差万別に見えますが、死んだ場所で分類すると4つに収まります。
- 市場がない。 解決しようとした困りごとが、そもそも存在しなかった。あるいは、あっても解決にお金を払うほどではなかった。
- 勝てない。 困りごとは実在するが、すでに別の手段で片づいている。その手段から乗り換える理由を作れなかった。
- 使われない。 選ばれて導入されたのに、現場に定着しなかった。動くものはあるのに、誰の習慣にもならなかった。
- 回らない。 使われているのに、事業として続かなかった。1件あたりの採算、供給の体制、資金の残量。どれかが先に尽きた。
この4つは、順番に来るとは限りません。市場の検証を飛ばして作り始めた事業は、1つ目の死に最後に気づきます。だから大事なのは、いま自分の事業は、どの死にいちばん近いかを先に決めることです。フレームワーク選びは、その次に来ます。
ここまでが、新規事業のフレームワークの教科書どおりの整理です。段階ごとに向いた型があり、組み合わせて使い、行動まで落とす。この使い方で、抜け漏れはたしかに減ります。
この記事の後半で扱うのは、その並べ方を変えたときに見えるものです。段階ではなく、どの失敗を検出できるかで並べ直すと、同じ12種の顔ぶれが違って見えます。
② 早見表|4つの死と、それぞれの検出器

主要な12種のフレームワークを、検出できる死で並べ直した表です。
| 検出する死 | 検出器になるフレームワーク | 検出できる兆候 |
|---|---|---|
| 市場がない | PEST分析。3C分析。TAM/SAM/SOM。ジョブ理論。 | 追い風の不在。市場の小ささ。片づけたい用事の不在。 |
| 勝てない | SWOT(クロス分析)。ポジショニングマップ。リーンキャンバス/ビジネスモデルキャンバス。 | 乗り換える理由の不在。既存手段との差の無さ。 |
| 使われない | デザイン思考。カスタマージャーニーマップ。MVP(リーンスタートアップ)。 | 言っていることと行動のずれ。定着しない体験。 |
| 回らない | KPI設計。撤退基準。 | 続ける根拠の不在。損失の上限の不在。 |
表の読み方はひとつだけです。フレームワークは、埋めるためではなく、その行の死をいち早く見つけるために使います。 検出器が反応しなければ前へ進み、反応したら止まるか、向きを変えます。
以下、死の種類ごとに見ていきます。各フレームワークには「外れたと分かる1行」の書き方を付けました。この1行の意味は、読み進めるほど効いてきます。
③ 「市場がない」を検出する型
いちばん高くつく死です。作り終えてから見つかることが多いからです。この死の検出器は、机の上の分析と、人の口から出る言葉の2種類があります。
PEST分析は、政治・経済・社会・技術の4つの窓から市場の追い風と向かい風を洗う型です。埋めて終わりにせず、「乗る追い風」を1つ選ぶところまでが検出です。
- 外れたと分かる1行:「この追い風を裏づける公的な統計を、1つも指せなかったとき」。
3C分析は、顧客・競合・自社の3点から立ち位置を測る型です。検出器として使うときの要点は、競合の欄に同業他社ではなく「顧客がいま現に使っている手段」を書くことです。とはいえ、競合が見当たらない市場は、青い海ではなく、たいてい需要のない海です。
- 外れたと分かる1行:「想定顧客に『いまどうしていますか』と聞いて、何の手段も返ってこなかったとき」。
TAM/SAM/SOMは、市場の大きさを「理論上の全体・狙える範囲・初年度に取れる範囲」の3段で数える型です。上の2段は調査で出ます。ところが、検出器になるのは、いちばん下の段だけです。
- 外れたと分かる1行:「初年度の顧客数を『どの経路から何件』の足し算で書けなかったとき」。
ジョブ理論は、「顧客は商品を買うのではなく、片づけたい用事(ジョブ)のために雇う」という見方の型です。クレイトン・クリステンセンが提唱しました。属性ではなく用事まで降りることで、市場の実在を確かめます。
- 外れたと分かる1行:「その用事を、いま別の手段で片づけている人を1人も特定できなかったとき」。
④ 「勝てない」を検出する型
市場は実在するのに選ばれない、という死です。この死は、比較の中にしか現れません。だから検出器も、自社を単体ではなく比較の座標に置く型になります。
SWOTは強み・弱み・機会・脅威の4象限です。4つを埋めるだけでは何も検出しません。効くのは掛け合わせ(クロス分析)で、「強み×機会」から攻め筋を取り出し、その攻め筋が通らない条件を先に書きます。
- 外れたと分かる1行:「強みを使った提案が、機会側の顧客に3回続けて刺さらなかったとき」。
ポジショニングマップは、顧客が選ぶときに使う2軸の上に、自社と既存手段を置く型です。検出器として効くのは、軸の選び方です。自社が勝てる軸ではなく、顧客が実際に比べている軸で描きます。
- 外れたと分かる1行:「自社の位置が、既存手段と同じ場所に重なったとき」。
リーンキャンバス/ビジネスモデルキャンバスは、事業の構造を9つのブロックで1枚に描く型です。提唱者はそれぞれアッシュ・マウリャとアレックス・オスターワルダー。勝ち筋の仮説を1枚に固定できるのが強みです。一方で、埋まった瞬間に「決まったように見える」のが弱みです。9マスの書き方と、埋めたのに検証が0だった記録はビジネスモデルキャンバスの記事に分けてあります。
- 外れたと分かる1行:「課題のマスに書いた困りごとを、想定顧客がこちらから言う前に口にしなかったとき」。
リーンキャンバスとビジネスモデルキャンバスの使い分け
キャンバス系の検出器には2つの代表があり、検出できる死が違います。リーンキャンバスは9マスの中心に「課題」と「解決策」が置かれた構成で、ゼロからの新規事業に向きます。検出できるのは主に「市場がない」(課題のマスが実在の困りごとで埋まらない)と「勝てない」(既存の代替手段のマスに対して優位性が書けない)です。
ビジネスモデルキャンバスは、同じ9マスでもパートナー・リソース・コスト構造など事業の構造側に比重があり、すでに動いている事業の整理や、「回らない」(供給とお金の流れが成立しない)の検出に向きます。ゼロイチでビジネスモデルキャンバスから始めると、まだ存在しない構造のマスを想像で埋めることになり、埋めた達成感だけが残ります。実際に9マスを埋めても検証が1件も走らなかった記録は、ビジネスモデルキャンバスの書き方の記事にまとめてあります。
どちらを選ぶ場合も、この記事の使い方は変わりません。埋める前に、いちばん近い死を選び、「外れたと分かる1行」を書いてから埋める。リーンキャンバスなら課題のマス、ビジネスモデルキャンバスなら収益構造のマスが、その1行の置き場所になります。
⑤ 「使われない」を検出する型
選ばれたのに定着しない、という死です。この死の兆候は、会議室に出てきません。人の行動の中にしかないので、検出器も観察と実物の2種類になります。
デザイン思考は、ユーザーの観察から出発して試作と検証を回す型です。核は「聞く」ではなく「観る」ことです。会議室で8人に聞いたら全員が同じことを言った、という記録をデザイン思考の記事に書いています。
- 外れたと分かる1行:「聞いた答えと実際の行動が食い違う場面を、1つも見つけられなかったとき」。観察が浅いか、対象が違います。
カスタマージャーニーマップは、用事が発生してから片づくまでの行動と感情を時系列に並べる型です。検出器として使うなら、感情の谷を想像で埋めてはいけません。谷の位置こそが「使われない」の候補地だからです。
- 外れたと分かる1行:「谷として描いた場面の不満を、観察かインタビューで誰も口にしなかったとき」。
MVP(リーンスタートアップ)は、実用に必要な最低限のものを先に現場へ出す型です。エリック・リースが提唱しました。「使われない」の最終検出器で、ここまでの型が全部通っても、実物を置くと落ちることがあります。だからMVPは、作る前に合格の線を決めてから出します。
- 外れたと分かる1行:「作る前に決めた『何が1回起きたら継続か』が、期限までに1回も起きなかったとき」。
⑥ 「回らない」を検出する型
使われているのに続かない、という死です。ここだけは、検出が遅れるほど傷が深くなるという意味で、他の3つと性質が違います。検出器は2つで足ります。
KPI設計は、事業の進みを測る数字の置き方です。検出器として機能させる要点は、売上のような結果ではなく、作り手が来週動かせる数字を置くこと。結果の数字は、悪化が見えたときには手遅れになっているからです。
- 外れたと分かる1行:「置いた数字を見て、翌週の行動を1回も変えなかったとき」。その数字は検出器ではなく、飾りです。
撤退基準は、「最大でいくら失うか」の線を着手前に引く型です。回らない事業をいちばん安く終わらせる検出器で、詳しくは撤退基準の記事にまとめています。なお、「市場がない」まで戻る大きな損失の話はPMFの記事が扱っています。
- 外れたと分かる1行:「累積の赤字が、着手前に引いた線を越えたとき」。この1行だけは、外れたら議論せずに従います。
⑦ 検出器を持たずに埋めると、どうなるか

発信元(ARCHECO)の開発記録に、検出器を持たずに埋めた記録が1件あります。
信用金庫の融資担当者が使うスマートフォンのアプリを、リーンキャンバスを埋めてから作って世に出した事業です。空欄はありませんでした。危ない仮説から先に書く、という作法も守っていました。それでも、公開から12日後に「このアプリが使われたのかどうかを数える手段が1つも無い」ことが分かりました。 アプリに組み込んだ出来合いのプログラム部品は66本ありましたが、誰がどの画面を開いたかを記録する部品は0本です。
このキャンバスの9マスは、全部が「外れたかどうか、誰にも分からない文章」で埋まっていました。つまり、埋まってはいたが、どの死の検出器にもなっていなかった。「使われない」の死は、そのあいだも進行していました。
直したのは1箇所です。マスを埋める前に、そのマスの下へ「外れたと分かるのは、何が1回起きなかったときか」を先に書く。「担当者がアポ(訪問の約束)を1件取る」のように、動詞と数の形にする。この1行がある状態で埋めると、同じキャンバスが検出器に変わりました。ここまでの12種に付けてきた1行は、ぜんぶこの形の変形です。
⑧ 使い方|死を選び、1行書いてから、埋める

順番は3手です。
- いまいちばん近い死を1つ選ぶ(早見表の行を選ぶ)。
- その行の検出器を1つ借りて、埋める前に「外れたと分かる1行」を動詞と数で書く。
- 埋める。そして1行の条件だけを確かめる。起きれば前へ、起きなければ止まるか向きを変える。
やってはいけない使い方も3つ書いておきます。
12種を順番に全部やる。 検出器は、疑いのある場所に当てる道具です。健康な場所を順に検査していくと、埋める時間だけが増えます。
埋まったことを進捗と数える。 埋まると決まったように見えますが、どの死も検出されていません。進捗と呼べるのは、1行の条件が起きたか、起きなかったと確定したときだけです。
正しいフレームワークを探す。 検出器に正しさはありません。あるのは、いま疑うべき死との相性だけです。同じ事業でも、フェーズが進めば疑うべき死は変わり、使う検出器も変わります。
⑨ 検出の速さが、事業の速さになる
生成AIで、型どおりに埋める作業はほとんど瞬時にできるようになりました。キャンバスの9マスも、SWOTの4象限も、AIに書かせれば数分で埋まります。埋める能力の価値は、これからも下がり続けます。
ところが、検出は速くなりません。「外れたと分かる1行」を決めるのは事業側の判断で、条件が起きたかどうかを確かめるのは現実の側だからです。だからこれからのフレームワークの使い手の腕は、埋める速さではなく、どの死を疑い、どんな1行を立て、どれだけ早く白黒をつけるかに出ます。
検出が速い事業は、撤退も方向転換も安く済みます。検出が遅い事業は、埋まったキャンバスを抱えたまま、4つのどれかの死に最後に気づきます。フレームワークは、その分かれ目に置く計器です。
よくある質問
Q. 新規事業のフレームワークは、結局どれから使えばいいですか? A. 「いま、4つの死のどれがいちばん近いか」で決まります。困りごとの実在が曖昧なら市場の検出器(3C、ジョブ理論)、既存手段との差が曖昧なら勝ち筋の検出器(クロスSWOT、キャンバス)、定着が曖昧なら行動の検出器(観察、MVP)です。どれを使う場合も、埋める前に「外れたと分かる1行」を書いてください。
Q. ビジネスモデルキャンバスとリーンキャンバスは、どちらを使うべきですか? A. ゼロからの新規事業ならリーンキャンバスです。課題と解決策の仮説が中心にあり、「勝てない」の検出に向きます。既存事業の構造整理ならビジネスモデルキャンバスが向きます。どちらも、埋めただけでは検出器になりません。
Q. フレームワークを埋めたのに、事業が進みません。なぜですか? A. 埋めることと検出することが別だからです。マスの文章は仮説であって、外れたと分かる形をしていなければ、白黒がつきません。仮説ごとに「外れたと分かるのは何が起きなかったときか」を書き、それを確かめる手段を用意した時点で、初めて前に進みます。
Q. AI時代でも、フレームワークは使えますか? A. 埋める作業はAIの得意領域に入ったので、「埋められること」の価値は下がり続けます。残るのは、どの死を疑うかの選択と、反証の1行の設計です。埋める作業はAIに任せて、線を引く作業を人が持つ、という分担になっていきます。
この記事を書いた会社について
アルチェコ(ARCHECO)は、UXデザイン・AI開発・新規事業開発を組み合わせた事業共創スタジオです。フレームワークを埋めることではなく、外れたと分かる条件を先に立てて動くもので確かめる、というこの記事の立場は、⑦の失敗を含む自社の現場から来ています。
以上です。
- ① 新規事業が死ぬ場所は、4つに絞られる
- 新規事業のフレームワークとは
- フレームワークを使うメリット
- 立ち上げのプロセスと、どの段階で何を使うか
- マンダラート|アイデアを広げる
- SCAMPER法・オズボーンのチェックリスト|アイデアを深掘りする
- アナロジー分析・トリーズの9画面法|別の領域から借りる
- MVV|目的と方向性を決める
- ペルソナ|誰に向けるかを1人に絞る
- カスタマージャーニーマップ|使う場面を時系列で置く
- TAM・SAM・SOM|市場の大きさを見積もる
- 3C分析|顧客・競合・自社を並べる
- PEST分析|外部環境の変化を見る
- ファイブフォース分析|業界の構造を見る
- SWOT分析・クロスSWOT分析|内と外を突き合わせる
- VRIO分析・アドバンテージマトリクス|強みが続くかを見る
- STP分析とポジショニングマップ|立ち位置を決める
- バリュープロポジションキャンバス|価値を言葉にする
- ビジネスモデルキャンバス・リーンキャンバス|全体像を1枚にする
- サービスブループリント・4P・4C|提供のしかたを設計する
- エレベーターピッチ・9セル|短く伝える形にする
- フレームワークを使うときのポイントと注意点
- 新規事業のフレームワークのよくある質問
- ② 早見表|4つの死と、それぞれの検出器
- ③ 「市場がない」を検出する型
- ④ 「勝てない」を検出する型
- リーンキャンバスとビジネスモデルキャンバスの使い分け
- ⑤ 「使われない」を検出する型
- ⑥ 「回らない」を検出する型
- ⑦ 検出器を持たずに埋めると、どうなるか
- ⑧ 使い方|死を選び、1行書いてから、埋める
- ⑨ 検出の速さが、事業の速さになる
- よくある質問
- この記事を書いた会社について