新規事業のプロセス10工程と、アンゾフの成長マトリクスによる4つの型をまとめた図解

新規事業のプロセス|立ち上げ10工程と4つの型、フレームワークと撤退基準

営業の気づき、顧客の声、行動データが翌日のアプリ改善へつながる。AIループインキュベーションとは、部門間の繋ぎ目を構造化し、人が輪を回す作業から投資判断へ移る仕組みです。自動化の3段階、落ちる情報、止め方を解説

営業が商談で拾った一言をその日のうちに共有し、翌日にはアプリの機能や導線が変わる。改善されたプロダクトを持って次の商談へ行き、また市場の反応が戻ってくる。

この日単位の循環を、私たちは「AIループインキュベーション」と呼んでいます。一般に定着した用語ではなく、ループエンジニアリングの考え方を新規事業の育成と投資判断へ拡張するために置いた名前です。

本記事では、速度の正体、繋ぎ目を流れる4種類の情報、自動化の3段階、測れない情報の扱い、速い輪を誤方向へ走らせない停止条件を解説します。

【結論】AI時代の新規事業で、先に設計すること

  改善速度の正体はAIモデルの性能より、営業・マーケ・開発の繋ぎ目が短いことにある自動化は、定型データ、非定型情報の構造化、流す輪の振り分けの順で進める自動化するのは情報の運搬であり、人は輪の外で太らせる・複製する・止めるを判断する速い輪は誤方向にも速い。入口・評価・停止条件を速度より先に設計する

新規事業コンサル比較|5類型と上申を通す選び方

新規事業のプロセスをすでにご存じの方は、まず、いま起きていることからから読み進められます。

新規事業とは

新規事業とは、既存の事業とは別に、新しい製品・サービス、あるいは新しい市場で収益を作る取り組みのことです。

「新しい」の中身は2つあります。製品が新しいのか、売る相手が新しいのか。この2つのどちらが新しいかで、必要な検証も、社内の説得の仕方も変わります。

新規事業が求められる理由

  • 市場環境が変わる — 既存事業の前提が、外側から崩れる
  • 収益の柱を増やす — 1本足では、その1本が折れたときに終わる
  • 持続的な成長 — 既存事業だけでは成長率が頭打ちになる
  • 人材の育成 — 決まった仕事の外で判断する経験は、他で積めない
  • 競争優位の確立 — 参入が増えた領域から、先に動く

4つ目は建前ではなく、実際に大きな効用です。事業が立たなくても、「決まっていないことを決めた経験」を持つ人が社内に残ります。

新規事業の4つの型(アンゾフの成長マトリクス)

製品市場難しさ
市場浸透既存既存最も低い。既存事業の延長
新市場開拓既存新規売り方を作り直す
新製品開発新規既存顧客は分かっている。作る側の挑戦
多角化新規新規最も高い。両方を同時に確かめることになる

まず自社の案がどのマスかを決めてください。マスが決まると、最初に確かめるべきことが自動的に決まります。新市場開拓なら顧客、新製品開発なら実現性です。両方が新規(多角化)なのに、片方しか検証していない計画をよく見ます。

事業転換との違い

多角化は既存事業を残したまま増やすこと、事業転換は既存事業から軸足を移すことです。

撤退の議論を伴うかどうかが違います。転換のつもりが社内で多角化として扱われると、資源が回ってきません。

新規事業を立ち上げるメリット

  • 新しい収益を得られる
  • 既存事業とのシナジーが生まれる — 販路、技術、顧客基盤を使い回せる
  • 人が育ち、文化が変わる — 挑戦が許される前例ができる

新規事業の立ち上げに必要な経営資源

  • — 専任で動ける人。兼務だと既存業務が優先される
  • モノ — 開発・検証の環境
  • カネ — 検証にかかる費用と、判断までの期間を持たせる予算
  • 情報 — 顧客に会える経路、社内に既にあるデータ

最初に足りなくなるのは1つ目です。兼務のままで立ち上がった事例は、ほとんどありません。

プロセス1|理念・ビジョンと事業領域(ドメイン)を決める

自社が何のためにやるのかと、どの領域で戦うのかを先に置きます。

領域を決めるのは、アイデアを絞るためではなく、「やらない」と言うためです。領域が無いと、出てきた案を断る理由が「なんとなく違う」しかなくなります。

プロセス2|アイデアを出す

社内公募、顧客の困りごと、既存事業の周辺、技術シーズ。出どころは複数持ちます。

この段階で評価しないでください。出す会と選ぶ会を分けないと、出す側が最初から通りそうな案しか出さなくなります。

プロセス3|顧客と課題を特定する

誰の、どんな困りごとを解くのかを、実際に会って確かめます。

ここが最も飛ばされる工程です。社内の議論だけで課題を決めると、後の全工程が、確かめていない前提の上に積み上がります。

プロセス4|市場調査と事業性の見極め

市場の規模、成長性、競合、参入の障壁、自社の勝ち筋を調べます。

数字を集めることが目的ではありません。「この数字がこうだったら、やらない」という線を先に決めてから調べると、調査が判断に繋がります。

プロセス5|解決策を検証する(MVP)

最小限の形で作り、実際の顧客に触ってもらいます。

MVPの作り方はMVP開発とは|進め方6ステップとMVPの種類、PoC・プロトタイプとの違いに整理しています。この工程を社内デモで代替すると、確かめたことになりません。

プロセス6|事業計画を作る

収益の作り方、必要な投資、体制、スケジュール、想定リスクを文書にします。

数字より先に、物差しを合意してください。何をもって成功とするかが揃っていないと、計画の数字は議論の対象になりません。

プロセス7|資金と体制、環境を整える

予算の確保、人の配置、必要な許認可、開発・提供の環境。

意思決定の経路も、ここで決めておいてください。誰にいつ諮るのかが決まっていないと、判断のたびに立ち止まります。

プロセス8|撤退基準を決める

始める前に、やめる条件を決めます。いつまでに、何が、どうなっていなければ止めるのか。

後から決めることはできません。走り出してからでは、止める提案が「担当者の敗北宣言」になってしまうためです。詳しくは新規事業の撤退基準|先に決めないと撤退できなくなるに整理しています。

プロセス9|テストマーケティングを実施する

限られた範囲で実際に売り、反応を測ります。

無料で配ると、確かめられることが減ります。対価を払うかどうかは、無料では分かりません。

プロセス10|リリースし、成果を検証して改善する

出したあと、決めた指標で測り、次の仮説へ戻します。

ここで線が切れる案件がほとんどです。リリースを終点として設計すると、学びが次の企画へ戻る経路が、そもそも用意されていません。この記事の後半は、その経路の話です。

ステージで管理する進め方

プロセスを工程ではなく段階(ステージ)で管理する方法もあります。

段階確かめること次へ進む条件
アイデア創出やる価値があるか領域と担当が決まっている
顧客・課題の実証その困りごとは実在するか顧客が課題を認めている
解決策の実証それで解けるか使われている
事業性の実証お金になるか対価が払われている
立ち上げ・拡大広げられるか再現性がある

段階ごとに投資を刻むのが要点です。最初に全額を承認すると、途中で止める判断ができなくなります。

フレームワーク1|アイデアを出す

  • バックキャスティング — あるべき未来から逆算する
  • フォアキャスティング — いまの延長で積み上げる
  • マンダラシート — 中心の語から9マスへ展開する
  • SCAMPER法 — 既存のものを7つの操作で変形させる

1つ目と2つ目は併用してください。逆算だけだと実行できず、積み上げだけだと既存事業の延長から出られません。

フレームワーク2|市場と自社を調べる

  • 3C分析 — 顧客・競合・自社
  • SWOT分析/クロスSWOT分析 — 強み・弱み・機会・脅威と、その掛け合わせ
  • PEST分析 — 政治・経済・社会・技術という外部環境
  • ファイブフォース分析 — 業界の構造と収益性
  • STP分析 — 分ける・狙う・位置づける
  • VRIO分析 — 自社の資源が優位になりうるか
  • ポジショニングマップ — 競合との位置関係

全部やる必要はありません。「この分析で、何が分かったら何を決めるのか」が言えないものは飛ばしてください。

フレームワーク3|事業モデルを組む

  • ビジネスモデルキャンバス — 事業の仕組みを9マスで描く
  • リーンキャンバス — 課題と解決策を中心に置く。0→1向き
  • 4P/4C — 売り手側・買い手側から見た4要素

書き方はビジネスモデルキャンバスの書き方|9つの要素と書く順番、リーンキャンバスとの違いに整理しています。

フレームワーク4|評価して改善する

  • PDCA — 計画・実行・評価・改善を回す
  • アンゾフの成長マトリクス — 次にどこへ伸ばすかを決める

評価のフレームワークだけが形骸化しやすいのは、前段で「何が起きたら失敗と見なすか」を決めていないためです。

必要な人材とスキル

  • 情報収集力 — 一次情報に自分で当たれる
  • 課題発見力 — 言われた要望の裏にある困りごとを見つける
  • 論理的に組み立てる力 — 前提と結論を分けて説明できる
  • 説明して通す力 — 社内の意思決定者を動かせる
  • プロジェクトを進める力 — 決まっていない状態で段取りを組める

実務でいちばん不足するのは4つ目です。事業の中身より、社内を通す作業のほうに時間を取られます。

うまくいかない企業に共通する特徴

  • 撤退基準を設けていない — 止められないので、資源が塩漬けになる
  • 失敗を許容する風土が無い — 通りそうな案しか出てこなくなる
  • 専任がいない — 既存業務が優先され、進まない
  • 顧客に会っていない — 社内の議論だけで前提が固まる

2つ目が、1年遅れて効いてきます。最初の1件が失敗として扱われると、次から挑戦的な案が出なくなります。

新規事業が失敗する主な要因

  • 課題が実在しなかった(誰も困っていなかった)
  • 解けたが、対価を払うほどではなかった
  • 売る経路が作れなかった
  • 既存事業と資源を奪い合って負けた
  • 判断が遅く、市場のタイミングを逃した

3つ目は見落とされがちです。作れるかどうかばかりを検証して、「どうやってこの人たちに届けるか」を検証していない計画が多くあります。

リスクを下げるためにやること

  • 需要を数字で予測する — 想定ではなく、根拠のある数字で
  • 撤退のラインを先に引く
  • 参入のタイミングを見る — 早すぎても遅すぎても届かない
  • 代替案を複数持つ — 1案しかないと、外れたときに止まる
  • その分野の経験者を1人は入れる — 業界の当たり前を知っている人

成功させるためのポイント

  • 経営者が覚悟を決めてコミットする — 途中で優先度が下がると必ず止まる
  • スピードを優先する — 完成度より、確かめる回数
  • 黒字化までは長期の視野を持つ — 初年度の損益で判断しない
  • リソースの調達方法を見極める — 自社/提携/外注のどれで埋めるか
  • 外部と組む — 他業種・行政・スタートアップとの連携
  • 補助金を活用する — 検証段階の資金として使える制度がある
  • 技術を使って検証を速くする

2つ目と3つ目は矛盾しません。確かめる速度は上げ、儲かる時期の期待は下げる——この組み合わせが要点です。

規模別のポイント

効きどころつまずきどころ
大企業販路・信用・資金という既存資産を使える意思決定の経路が長い。既存事業と資源を奪い合う
スタートアップ速い。全員が同じ方向を向ける資金と信用が足りない。売る経路をゼロから作る

大企業側の課題は、事業の中身ではなく社内の構造にあります。

継続的に新規事業を生み出す組織にするには

  • 1件ではなく、複数を同時に走らせる — 打率で見る前提にする
  • 段階ごとに投資を刻む — 全額承認をやめる
  • 止めた案件の学びを残す — 人ではなく組織に貯める
  • 評価制度を分ける — 既存事業と同じ物差しで測らない

4つ目が無いと、優秀な人ほど新規事業に来なくなります。

ここまでが、新規事業のプロセスの教科書どおりの整理です。領域を決め、課題を確かめ、小さく検証し、撤退基準を置き、出してから測る。10の工程は、この順で並んでいます。

この記事の後半で扱うのは、その最後の工程から先です。出して、測って、学ぶ——そこまでは誰でも書きます。学んだことが次の企画に戻るまでのあいだに、何が置かれているのかを見ていきます。

まず、いま起きていることから

営業が商談で気づいたことを、その日のうちに書く。マーケが広告の反応を数字で共有する。事業開発が顧客の反応を伝える。

それが、翌日にはアプリの機能や修正として反映されている。

直ったアプリが営業とマーケの手元に戻り、「これで話せます」となって次の商談に出ていく。そこでまた結果が返ってくる。

輪が、日単位で回っている。改善の速度は、正直に言って想定を超えていた。

なぜこんなことが起きているのか。そして、これはどこまで行くのか。この記事はその話をする。

ただ、いきなり本題に入ると前提が抜けるので、先に土台になっている3本の記事を要約する。読んでいなくても、ここだけで話は追える。

この話の土台になっている3本

ここからが本題

3本をまとめると、こうなる。輪という考え方があり、実際に一周し、それを横へ移す方法まで見えた。

そして冒頭に書いたとおり、いまその輪は、日単位で回り始めている。

ここから先が、まだ書いていない話である。

その速さの正体は、繋ぎ目の短さだった

商談の気づき・顧客の反応・開発修正・次の提案が循環するAI新規事業の改善ループ図
営業・マーケ・開発の距離を短くし、顧客の反応を次の提案へ戻す

なぜこんなに速いのか。

技術が特別なわけではない。人が優秀だから、という説明も半分しか当たっていない。構造で説明できる部分のほうが大きい。

速さの正体は、繋ぎ目が短いことである。

営業が気づいたことが開発に届くまでの距離。開発が直したことが営業に戻るまでの距離。この距離がほぼゼロになっている。同じ場所にいて、書けばすぐ読まれ、読まれればすぐ動く。

第2部で「作る人と育てる人の境目が消えたとき、引き継ぎのロスが発生しなかった」と書いた。いま起きているのは、その組織版である。 部門をまたぐときのロスが、繋ぎ目の短さによって消えている。

繋ぎ目には、いま何が流れているか

AI新規事業の学習ループを動かす数字・画面の反応・顧客の声・現場の違和感の4分類
機械が扱いやすい数字より、顧客の声と現場の違和感が事業を大きく動かす

もう少し具体的に見ていきたい。輪を回している情報は、だいたい4種類に分けられる。

  • 数字。 何人が来て、どこで止まり、何件申し込んだか。これは機械が出す。ただし現状は、人が見て、要点を書き写して共有している。
  • 画面の反応。 この導線で迷う人が多い、ここのボタンが押されない。行動ログには残っているが、気づく人がいて初めて共有される。
  • 顧客の声。 問い合わせ、レビュー、商談での発言。原文はどこかに存在するが、誰かが「これは共有したほうがいい」と判断したものだけが流れる。
  • 現場の気づき。 説明していて詰まった箇所、なんとなく感じた違和感。これは記録がどこにもない。言葉にした人の頭の中にしかない。

上から順に、機械が扱いやすく、下に行くほど人に依存する。そして興味深いことに、輪を大きく動かすのは、下の2つであることが多い。 数字は起きたことを教えるが、なぜ起きたかは④が持っている。

ただしその繋ぎ目は、まだアナログである

人が転記して読む部門連携と情報が構造化されて流れるデジタルな繋ぎ目の比較図
自動化するのは人ではなく、転記・要約・受け渡しという情報の運搬

ここが本題の中心である。

この4種類はいずれも、チャット上で人が書いて、人が読んでいる。

これは動く。実際、驚くほどうまく動いている。しかしよく見ると、輪の中で唯一まだ手作業なのが、この繋ぎ目である。

手作業であるということは、いくつかの性質を持つということでもある。

人が書かないと、伝わらない。 忙しければ書かれない。書かれなければ、その情報は存在しなかったことになる

人の稼働時間の中でしか回らない。 夜は止まる。休日も止まる

書く価値があるかを、書く人が判断している。 「これは書くほどのことではない」で落ちた情報は、誰の目にも触れない

三つ目がいちばん大きい。第2部で「引き継ぎ資料には、なぜその作りにしたかや、まだ言葉になっていない違和感が落ちる」と書いた。同じことが、組織の繋ぎ目でも起きている。

では、繋ぎ目がデジタルになったら

問いはここである。

数字が自動で入り、顧客の声が問い合わせや行動ログから構造化され、現場の声が会議の記録から抽出され、それがそのまま開発の入力になったら、何が変わるか。

三つ挙げたい。

  • 速度が、人の稼働時間から切り離される

いまの輪は、人が書いて人が読む間だけ回っている。繋ぎ目が自動化されると、輪は人が寝ている間も回る。

ただしこれは「24時間働く」という話ではない。人間はむしろ、輪の中から抜ける。回るのは輪であって、人が回すのをやめる。

  • 落ちる情報が、減る

いま失われている情報の大半は、隠されたものではない。「書くほどのことではない」と判断されて落ちたものである。自動で入るなら、この判断が要らなくなる。判断の手前で拾える。

  • 人間の仕事が、また一段上がる

第1部で、人間の仕事が指示 → 止め方の設計 → 構造の設計と上がってきたことを書いた。繋ぎ目が自動化されると、次はどこへ移るか。どの輪に情報を流すか。どの輪を太らせるか。どの輪を止めるか。

これは第3部で「インキュベーション」と呼んだ機能そのものである。

ただし、自動化には順番がある

AIループの繋ぎ目を定型・非定型の構造化・振り分けの順で自動化する3段階
定型データから始め、非定型情報を構造化し、最後に流す輪を振り分ける

関連記事:新規事業支援・MVP/PoC開発の進め方を見る

理屈はそうでも、いきなり全部は自動化できない。順番を間違えると止まるので、ここは具体的に書いておきたい。

第一段階:定型を、人の手から外す

まず毎回同じ形で発生していて、書くのが面倒なものから着手する。数字の共有、定型の結果報告、行動ログ。

ここは人が転記している限り、忙しい週に必ず抜ける。そして抜けたことに誰も気づかない。自動化の効果がいちばん見えやすい場所でもある。

第二段階:非定型を、構造化する

次に、形の定まらない情報に手をつける。問い合わせ文、レビュー、商談の記録。原文は存在するが、そのままでは輪に流せない。

ここでAIが効く。要約し、分類し、繰り返し出る論点を束ねる。 ただし精度は完璧にならない前提で設計する。「拾い漏らさないが、多少の誤分類は残る」くらいを狙うほうが実用的である。

第三段階:どの輪に流すかを、自動で振り分ける

最後が、集まった情報をどの輪の入力にするかの振り分けだ。この改善要望は開発へ、この反応はマーケの仮説へ、この違和感は企画の見直しへ。

ここまで来ると、人間は輪の外に立つことになる。ただしここは最後でいい。 第一段階と第二段階だけでも、輪の速度は相当変わる。

ループエンジニアリングから、ループインキュベーションへ

AI新規事業の学習ループを太らせる・複製する・止める3つの投資判断図
人は輪の外で、追加投資・横展開・停止を選ぶ

ここで、言葉をひとつ置き換えたい。

輪をどう設計し、どう回すかを考えるのがループエンジニアリングだとすれば、繋ぎ目が自動化された先にあるのはループインキュベーションである。

違いはこうなる。

ループエンジニアリング — 一本の輪を、どう回すか。止め方、受け渡し、検証をどう設計するか

ループインキュベーション — 複数の輪を並べて、どれに資源を流すか。どれを太らせ、どれを複製し、どれを止めるか

輪を回すこと自体が自動化されると、人間に残るのは輪を選ぶ仕事になる。 これが転換の中身である。

そして重要なのは、この転換が技術の進歩で起きるのではなく、繋ぎ目のデジタル化で起きるということである。AIがもっと賢くなることではなく、入力と出力が現実からデジタルに変換されることが引き金になる。

ただし、自動化すると確実に落ちるものがある

正直に書いておきたい。ここまでは良い話だが、無条件ではない。

デジタル化されるのは、測れるものだけである。

数字は自動で入る。行動ログも入る。しかし先に挙げた4種類のうち、④の「説明していて詰まった箇所」「なんとなく感じた違和感」は、自動では入らない。

すると測れる情報の比重が、勝手に上がる。 誰も「定性情報を軽視しよう」とは決めていない。ただ、自動で入るほうが量が多く、鮮度が高く、議論に載せやすい。それだけで比重は動く。

そして皮肉なことに、輪を大きく動かすのは下の2つだと先に書いた。自動化すると、いちばん効く情報がいちばん入りにくくなる。

だから繋ぎ目を自動化するときは、測れないものを人が意図的に入れる経路を、別に残す必要がある。これを同時に置かないと、輪はきれいに回りながら、だんだん現実から離れていく。

速く回る輪ほど、止め方が要る

関連記事:実装が速いAI時代の意思決定設計を見る

もうひとつある。

第1部で「回す段階になったとき、人間の仕事は止め方の設計に移った」と書いた。これは自動化された輪でこそ効いてくる。

速く回るということは、間違った方向にも速く進むということである。

人が書いて人が読んでいる間は、そこに暗黙の検問があった。「これは書くほどのことか」という判断は、情報を落とす欠点であると同時に、選別でもあった。

自動化すると、この選別が消える。だから選別を、別の場所に置き直す必要がある。 何を見て「この方向は違う」と判断するのか。何回改善して数字が動かなければ、方向そのものを疑うのか。

輪が速くなるほど、この設計の重要度は上がる。速さは、正しさを保証しない。

そのとき、組織はどうなるか

最後に、これが進んだ先の景色を書いておきたい。

いま、輪を回すために人が使っている時間の大半は、運搬である。結果を書き写す。読む。まとめる。渡す。

繋ぎ目が自動化されると、この運搬が消える。そのとき空く時間が、どこに行くかが問題になる。 自然に任せれば、たぶん別の運搬に吸われる。

向けるべき先は、第3部で書いた3つの判断である。どの輪を太らせるか。どれを型として抜き出し、他へ移すか。どれを止めるか。 そしてこの3つは、輪の中にいる人には構造的にできない。

つまり繋ぎ目が自動化されて初めて、人が輪の外に立てるようになる。 順番としては、自動化が先で、インキュベーションが後だ。逆に言えば、繋ぎ目を人力で回している間は、どれだけ体制図を描いても人は輪の中から出られない。

まとめ

  • 輪はすでに回っている。その速さの正体は技術ではなく、繋ぎ目の短さである
  • 繋ぎ目を流れる情報は4種類。上ほど機械が扱いやすく、輪を大きく動かすのは下の2つ
  • ただし繋ぎ目はまだ手作業で、人が書かないと伝わらず、書く価値の判断もそこで起きている
  • 自動化には順番がある。定型 → 非定型の構造化 → 輪への振り分け。第三段階は最後でいい

繋ぎ目がデジタルになると、人間の仕事は「どの輪を選ぶか」へ移る。これがループエンジニアリングからループインキュベーションへの転換である

  • ただし自動化は測れるものしか運ばない。しかもいちばん効く情報が、いちばん入りにくい
  • そして速い輪ほど、止め方の設計が要る
  • 輪が資産になるか、速く回るだけの装置になるか。分かれ目はここにある。

よくある質問(FAQ)

Q. AIループインキュベーションとは何ですか?

顧客の声、行動データ、営業・マーケの気づきを開発へ戻し、改善結果を次の提案へつなぐ学習ループを、AIで構造化・高速化する考え方です。本記事で使う独自の整理で、一般に定着した固有名詞ではありません。

Q. 繋ぎ目を自動化すると、人は要らなくなりますか?

要らなくなるのは転記・要約・運搬の作業です。人は輪の外へ移り、どの輪を太らせ、どれを複製し、どこで止めるかを判断します。作業量は減っても、意思決定の密度は上がります。

Q. まず何から自動化すべきですか?

数字の共有、定型レポート、行動ログなど、毎回同じ形で発生する情報からです。次に問い合わせや商談記録を構造化し、どの輪へ流すかの自動振り分けは最後にします。

Q. AIで改善を速めると、誤った方向へ進みませんか?

進む可能性があります。何を見て方向が違うと判断するか、何回改善して数字が動かなければ前提を疑うかを先に決めてください。速度は正しさを保証しません。

この連載を順番に読む

公開順:第1部 → 第2部 → 第3部 → 第4部。4本を公開後、相互リンクの到達確認を行ってください。

アルチェコに相談する

  顧客の声が、開発へ届くまでに時間がかかる方へ 翌日の改善につながる「学習の輪」を設計しませんか アルチェコは、営業・マーケ・開発の繋ぎ目を可視化し、顧客の声と行動データをAIで構造化します。定型から段階的に自動化し、MVPの改善と投資判断が同じ輪で回る状態まで支援します。 ▶ AIループ設計について相談する 初回相談では、現状のフェーズ・検証したい仮説・社内の意思決定条件を整理します。相談内容が固まっていなくても問題ありません。

この記事を書いた会社について(アルチェコ)

アルチェコ(ARCHECO)は、AI戦略・生成AI導入・AIエージェント開発・UX/UIデザイン・MVP/PoC開発・グロースを横断する新規事業の共創パートナーです。戦略だけ、開発だけで分断せず、仮説設計から実市場での検証まで一貫して支援します。

新規事業支援・MVP/PoC開発のサービスページ | ARCHECOコーポレートサイト

▶ この記事のテーマを実務で相談する: 新規事業コンサル(MVP・PoC)

新規事業プロセスのよくある質問

新規事業のプロセスを教えてください。

10工程です。理念・ビジョンと事業領域を決める、アイデアを出す、顧客と課題を特定する、市場調査と事業性の見極め、解決策の検証(MVP)、事業計画の作成、資金と体制と環境の整備、撤退基準の決定、テストマーケティング、リリースと成果検証・改善。最も飛ばされるのは3番目で、社内の議論だけで課題を決めると、後の全工程が確かめていない前提の上に積み上がります。

新規事業の4つの型とは何ですか?

アンゾフの成長マトリクスによる分類で、市場浸透(既存製品×既存市場)、新市場開拓(既存製品×新規市場)、新製品開発(新規製品×既存市場)、多角化(新規×新規)の4つです。まず自社の案がどのマスかを決めてください。マスが決まると最初に確かめるべきことが決まります。新市場開拓なら顧客、新製品開発なら実現性です。両方が新規なのに片方しか検証していない計画をよく見ます。

新規事業に役立つフレームワークは何ですか?

目的別に4群です。アイデア発想はバックキャスティング、フォアキャスティング、マンダラシート、SCAMPER法。市場と自社の調査は3C、SWOT・クロスSWOT、PEST、ファイブフォース、STP、VRIO、ポジショニングマップ。事業モデルはビジネスモデルキャンバス、リーンキャンバス、4P・4C。評価と改善はPDCAとアンゾフ。全部やる必要はなく、「この分析で何が分かったら何を決めるのか」が言えないものは飛ばしてください。

新規事業が失敗する主な要因は何ですか?

課題が実在しなかった、解けたが対価を払うほどではなかった、売る経路が作れなかった、既存事業と資源を奪い合って負けた、判断が遅くタイミングを逃した、の5つです。3番目は見落とされがちで、作れるかどうかばかりを検証して、どうやって届けるかを検証していない計画が多くあります。組織側の特徴としては、撤退基準が無い、失敗を許容する風土が無い、専任がいない、顧客に会っていないの4つが共通します。

新規事業の撤退基準はいつ決めるのですか?

始める前です。いつまでに、何が、どうなっていなければ止めるのかを、走り出す前に決めます。後から決めることはできません。走り出してからでは、止める提案が担当者の敗北宣言になってしまうためです。あわせて、段階ごとに投資を刻んでください。最初に全額を承認すると、途中で止める判断ができなくなります。

You May Also Like
“AIエージェントを作れるコンサル”を信じてはいけない ― 分厚い提案書に、つい安心してしまう私たちへ

ベンダー選定とは|進め方3段階・9つの評価基準と失敗を避ける勘所

流暢に動くデモほど、本番で使われない。なぜなんでしょう。「分厚い資料ほど安心する」――そのよく知った感覚の正体から、「動くデモ」を「毎日使われる業務」に変える手順までを、一つのプロジェクトを最後まで追いかけて書きました。
View Post

AI機能を“足す”ほどプロダクトは使われなくなる ― 機能の数と価値は比例しない

競合に追いつこうとAI機能を足したのに、なぜかプロダクトが使われなくなる――その逆説を、実家のテレビのリモコンの話から、足し算ではなく引き算のAIプロダクト開発まで、ゆるっと書きました。AI機能の数と、プロダクトの価値は比例しないのです。
View Post

AIの活用事例|自動化できる業務10種と、公表値だけで読む7社

「他社はどこまでやっているのか」——生成AIの社内導入を任された担当者が、稟議の材料としていちばん最初に集めるのが活用事例です。ところが検索して出てくる事例集の多くは、ツール会社の宣伝か、効果の数字が…
View Post
稟議書の書き方|基本構成・例文と、決裁との違い

稟議書の書き方|基本構成・例文と、決裁との違い

稟議書とは、社内で決裁を得るために回す申請文書です。全社に生成AIツールを入れる稟議を題材に、教科書どおりに書いて差し戻され、中身を変えずに通るまでを追います。決裁者が見ていたのは企画の良し悪しではなく、その支出がどの科目に載るかでした。資産計上と経費計上では承認の階層も所要時間も違う。同じAI導入でも構成次第で科目が変わるところまで、そのまま使える確認シートで置きます。
View Post