筆者は、りんごとぶどうの農家をスポットで手伝っています。その中で知ったことなのですが、果樹農園でいちばん困っていることって、何だと思いますか?
筆者が手伝っている農家さんでは、年による収穫量のばらつきでも、販売不振でもありませんでした。作業する人が足りないことです。
最初に、立ち位置をことわっておきます。筆者は農家ではありません。長野に移住してから、知り合いの果樹園で、季節ごとに人手が要る時期に声をかけてもらって手伝いに行っている、という関係です。長いときは二週間くらい連続で毎日半日、短いときは一日だけ半日。専門知識はなく、言われた作業を言われたとおりにやる助っ人です。この記事は、その助っ人の目に映った範囲で、農業のDXやAI活用を勝手に考える、なんともおせっかいで勝手なものだと思って読んでください。業界の中の人だった電力業界編とは、立ち位置を変えてお話ししますので、あしからず(筆者の来歴は自己紹介にあります)。
電話が鳴るのは、売り切れそうなときです
お手伝い先の果樹園のお客さまは、大きく二つに分かれます。
一つは大口のお客さま。納品日に、決められた量を納める。これはシンプルです。もう一つが直売所。こちらは毎朝、収穫したものを値付けして、朝いちばんに持っていって棚に並べる。ここからが面白いところで、直売所には売り場の担当者がいて、棚が売り切れそうになると、その人から電話が鳴ります。「追加、いけますか?」。行けるなら、畑に戻ってもう一度収穫して、もう一度納品に行く。
つまり直売所との関係は、朝の納品と、昼の電話と、追加の収穫と納品でできています。売れ行きは売り場の担当者が棚を見るまで分からず、切れそうだと分かった瞬間に電話が来て、その場で「行けるか行けないか」を決める。デジタルはどこにもありません。でも、ちゃんと回っている……。回っているからこそ、誰も困っていない顔をしている、とも言えます。
畑の側も見ておきます。各種の農作業、梱包、値付けは手作業もしくは機械を用いた人手作業。収穫物の仕分け(サイズや重量の振り分け)は機械。帳簿まわりは、代替わりした息子さんが電子化しています。「まだ手でやっているのか」と驚くほどのことは、実はそれほどありませんでした。手でやるべきところは手で、機械にできるところは機械で、という切り分けは、もう済んでいるように見えました。
では、何が困りごとなのか。
いちばんの困りごとは、繁閑による人手不足でした
農作業には、繁閑の差があります。それも、激しい。ぶどうの作業を例に挙げましょう。「摘粒」といって、ぶどうが形よく、大粒になるように、育成過程でぶどうの粒を減らします。1房ずつ1粒ずつ、ハサミを用いて、余分な粒を切り落とします。これは時間勝負で、ある品種の摘粒の適期だと判断してから1週間以内に、所有する全てのぶどう畑でこの作業を終わらせます。こういうタイミングでは、猫の手も借りたいほど忙しいのですが、一通りの作業が終わって、ぶどうを保護するための袋をかけてしまえば、1〜2か月ほど細かい作業はなくなり、たまに水や消毒薬を撒く程度で、農園主一人で担えます。だから常時作業員を雇用すると、割に合わない。忙しいときだけ来てくれる人が要る。筆者が呼ばれるのも、まさにその「忙しいときだけ」です。
ところが農村部では、忙しいときだけ来てくれる人が、慢性的に足りません。高齢化が進んでいて、電話一つで炎天下の中ホイホイ働くような働き手そのものが少ない。都市部なら時間帯で働ける求人アプリで埋められるのかもしれませんが、こちらではそもそも、アプリの利用者が少ない。
休憩時間に、筆者は一度、スキマ時間で働ける求人アプリの話をしてみたことがあります。返ってきたのは「これ、あれだろ?スマホでつかうやつだろ?自信がねぇわなあ」でした。導入する気は、まったくなさそうでした。 笑 そして話を聞くほど、これはアプリを入れれば解決する種類の問題ではないと思えてきました。使う側の管理の手間、使ってくれる人の少なさ、そして「信頼関係のない人に、いきなりうちの作物を触ってほしくない」という、言葉にはしない感覚。念のため、、、これは閉鎖的という話ではなく、品質にこだわる人ほど当然の感覚だと思います。
農業のDXで先に効くのは、畑の中ではなく、畑に来る人の側だった。 これが、助っ人として通った筆者の実感です。

ここで一度、地図を広げます。筆者が見ているのは一軒の果樹園と一つの直売所だけなので、農業全体でDXやAIがどこまで進んでいて、何が壁になっているのかを、公開されている統計と事例で補助線を引いておきます。読み飛ばして次の章へ進んでいただいても、話はつながります。
「畑に来る人」の地図 ― 農業におけるDX・AI活用とは・現場で効く場所4つ
農業におけるDX・AI活用とは
「農業DX」も「スマート農業」も、決まった一つの手法を指す言葉ではありません。DX(デジタルトランスフォーメーション)は、データとデジタル技術で仕事のやり方そのものを変えること。農業でいえば、ロボットやドローン、センサーで作業を省力化する「スマート農業」がその中心に置かれます。
先に公平に言っておくと、スマート農業が本当に成立すれば、本記事の主題である繁閑の差そのものを気にせず、最少人数で農園を回せるようになります。摘粒や収穫の山を機械が平らにしてくれるなら、忙しいときだけ来てくれる人を探す必要はなくなる。それが、業界が向かっている本命の方向であることは間違いありません。ただし、そこへ振り切れるだけの財力があり、農園主が若く、設備を使いこなす年数が残っている農家は、業界全体から見れば限られます。次の節の統計が示すとおり、果樹では「意向はあるが未導入」が半数を超え、壁の筆頭は初期投資です。つまりスマート農業は正しい方向であっても、業界全体のソリューションにはまだなっていない。本記事は、その「振り切れない側」の農園で、いま手が届く場所を扱います。困りごとの多くが畑の中ではなく、人手・連絡・引き継ぎといった畑のまわりにある、という見立てはそこから来ています。機械やセンサーの話は公開資料で補います。
なぜ今、農業でDX・AIが急がれるのか
背景は、担い手の減少です。農林水産省の2025年農林業センサス(概数値)では、個人経営体の基幹的農業従事者は102万1千人で、5年前から34万2千人(25.1%)減少。農業経営体は82万8千で23.0%減、一方で法人経営体は3万3千と7.9%増えています。スマート農業技術活用促進法の法案概要には、今後20年で基幹的農業従事者が現在の約4分の1にまで減る見込みと記されています(出典: 農林水産省「2025年農林業センサス結果の概要(概数値)」/同「スマート農業技術活用促進法」法案概要)。
つまり、畑に立つ人は確実に減る。筆者が手伝う農園の「繁忙期だけ人が足りない」は、その縮図です。
スマート農業の現在地
| 指標 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| スマート農業「導入済み」 | 44.9%(畑作68.7%/稲作・北海道55.4%/稲作・都府県49.2%) | 日本政策金融公庫(2025年3月) |
| 果樹で「未導入だが導入意向あり」 | 53.2% | 同上 |
| 導入の課題「初期投資費用が高い」 | 約8割 | 同上 |
| データを活用した農業を行う経営体 | 26.1%(2023年) | 農林水産省「スマート農業に関する調査」 |
| 実証プロジェクトの省力効果 | 10a当たり労働時間13%短縮、ドローン散布で作業時間89%短縮、自動水管理で約60%削減 | 農林水産技術会議「スマート農業実証プロジェクト」(217地区) |
果樹は「意向はあるが未導入」が半数を超えます。理由の筆頭が初期投資で、実証プロジェクトでも「機器を個々の農家が所有するのは現実的でない」という生産者の声が記録されています。筆者が手伝う農園の「導入する気はまったくなさそう」は、統計の上でも多数派です。裏を返せば、機械で繁閑を平らにできる農園と、当分そうならない農園の二層に分かれていて、後者のほうが数としては多い。本記事の「効く場所4つ」は、後者の農園でも今日から始められることに絞っています。
直売所という販路
直売所は小さな存在ではありません。農林水産省の令和4年度6次産業化総合調査では、農産物直売所は全国22,380経営体、年間販売金額は1兆879億円で、農業生産関連事業の販売額の5割を占める最大の販路です。直売所にはレジがあり、売れ行きは本当はそこに残っている。農研機構の実証では、低コストPOSの導入で出荷者への精算業務が効率化し、個人出荷野菜の売上増も確認されています(出典: 農研機構)。本文の「売り切れそうです、を電話の前に届ける」は、この既にある情報を農園側に流すだけの話です。
世間で進んでいる事例の地図
| 領域 | 事例 | 何をデジタル/AIに任せたか | 出典 |
|---|---|---|---|
| 病害虫 | 農研機構 AI病害虫画像診断 | トマト・イチゴ等の病害虫を画像から80%以上の精度で判定。果樹の画像収集も継続 | 農研機構プレスリリース |
| 選果 | JAみっかび(静岡)AI選果機 | みかんの家庭選果時間を50%削減 | SMART AGRI(2021年稼働) |
| 気象 | 長野市 気象センサー | 市内8カ所で気温・湿度・日照・降雨・風速・風向・気圧を取得しクラウドで営農管理 | 長野市公式 |
| 制度 | 長野県 スマート農業導入加速化事業 | 機器の無償貸出「お試し導入」・研修会・普及指導員の配置 | 長野県 |
| 技術一覧 | 農林水産省 スマート農業技術カタログ(果樹) | ドローン・選果機・生育/収量予測・非破壊選果 | 農林水産省 |
設備側の事例は「大量の判定を機械に回す」型が主流です。長野県のりんご・ぶどうに特化したAIの一次事例は、筆者が確認した範囲では見つかりませんでした。そこに、本記事の「畑に来る人の側」の話が補助線として効くと思っています。
現場で効く場所4つ
| # | 場所 | AIやデジタルに任せる部分 | 人が残す部分 | 新しく増える入力 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 顔の見える助っ人の名簿 | 手伝える日と繁忙期の突き合わせ・候補出し・連絡 | 誰を名簿に入れるかの判断 | 名簿の初回登録のみ |
| 2 | 直売所の「売り切れそう」通知 | レジの売れ行きから閾値で通知・農園の可否をワンタップ | 追加収穫に行くかの判断 | なし(レジの情報を流すだけ) |
| 3 | 勘と経験の聞き書き | 作業日に数問だけ聞き、日付と天気と一緒に記録 | 答えること・作業の判断そのもの | 数問への口頭の答え |
| 4 | 肥料メモの地図化 | 紙のメモを区画ごとに色分けし、年をまたいで重ねる | メモの内容・翌年の判断 | なし(既存メモの載せ替え) |
共通しているのは、農園主の仕事を一つも増やさないことです。入力が増える道具は、繁忙期に真っ先に捨てられます。
使いどころ1|顔の見える助っ人の名簿
求人アプリの仕組みを、母集団だけ「知っている人」に絞って集落や直売所の単位で持つ。近所の移住者、農閑期の別の農家、定年後の人、学生、親族。繁忙期の予定と手伝える日を重ねて候補を出し、連絡する。高度なAIは要りません。いま農園主の頭の中と電話帳にあるものを、共有できる形にするだけです。
使いどころ2|直売所の「売り切れそう」を電話の前に
直売所のレジには、何が何時にどれだけ売れたかが残っています。売れ行きが一定の線を越えたら「そろそろ切れそうです。追加いけますか?」が農園に届き、農園は行ける/行けないをワンタップで返す。売り場の担当者の電話をなくすのではなく、その前に届く連絡を足す。変わるのは速さより段取りで、追加の収穫を昼の作業に組み込めるようになります。
使いどころ3|勘と経験の聞き書き
作業の日に、AIが「今日この作業にした理由は?」「昨日と何が違いましたか?」と数問だけ聞き、答えを日付・天気と一緒に残す。判断はAIに渡さず、聞き役だけを任せる。年に何十回かの聞き書きが数年たまれば、次の世代への、言葉で書かれた引き継ぎ書になります。頭の中にしかない知識を組織で共有する難しさは、ナレッジ共有の記事に書いたとおりで、農業ではその「組織」が家族と集落に当たります。
使いどころ4|肥料メモの地図化
「どこに・どれだけ撒いたか」のメモは既にデータです。畑の区画ごとに色で塗れば前年比較ができ、何年ぶんも重ねられる。新しい入力は増やさず、既存のメモを載せ替える。この手の道具の生存条件は、農園主の仕事を一つも増やさないことです。
効かない場所3つ
| 効かせてはいけない場所 | 理由 | 代わりにできること |
|---|---|---|
| 収穫・作業の適期を機械が自律判断する | 年ごとに気温・雨量・日照が違い、去年の正解は今年の正解ではない。60年のトライ&エラーを全て入力することは不可能 | 聞き書きで「判断できる人」を次の世代に増やす。大規模・均質品質を狙う農業は別 |
| こだわりの値付けをAIで最適化する | いくらを付けるかは経営判断であり矜持 | 相場を横に出すところまで |
| 直売所の担当者の電話を通知で置き換える | 電話は在庫の連絡であると同時に、売り場の空気(動きの早さ・人気)を届ける回線 | 通知は段取りのために足す。電話(関係)は残す |
現場でデジタルが使われない理由
農林水産省の「農業DX構想2.0」(2024年2月)などで指摘されている壁は、高齢化と操作のハードル、中山間地の通信環境、初期投資と回収の見通し、そして作業日誌のデジタル化が入力の負担で定着しないこと、の四つに整理できます。筆者が休憩時間に聞いた「スマホでつかうやつだろ?自信がねぇわなあ」は、一つ目と四つ目がそのまま口から出たものです。だから本記事の効く場所4つは、いずれも「入力を増やさない」を条件にしています。
進め方|農園と集落で始める5ステップ
補助金や大きな機器を待たずに始める手順です(数字はClaude仮設定・執筆時確定)。
1. いちばん困っている繁忙期を一つ選ぶ: 摘粒・収穫など、期間が決まっていて人手が足りない作業
2. 手伝える人の名簿を紙でもいいから作る: 顔の見える人だけ。集落か直売所の単位で
3. 直売所と「切れそう」の連絡の形を決める: 電話の前に届く一報を、LINEでも紙の札でもよいので決める
4. 作業の日に一問だけ聞く: 「今日にした理由は?」を、日付と天気と一緒に残す。AIは聞き役
5. 効いたものだけ道具にする: 紙で回ったものを、必要になってからアプリにする。順番を逆にしない
業務のどこにデジタルを置くかの考え方は、業務自動化の記事が汎用的に整理しています。長野県には機器の無償貸出「お試し導入」の制度もあり、機械側を試すならそこからが現実的です。
よくある失敗
高額な機器を先に入れて、繁忙期に使われず倉庫に眠る。作業日誌アプリを入れて、入力が増えた分だけ農園主の夜が遅くなる。勘と経験を「AIで再現する」と宣言して、農園主が話さなくなる。求人アプリで顔の知らない人を呼び、品質の基準が共有できずに一度で終わる。——どれも、畑の中を先に変えようとして、畑に来る人と、畑のまわりの連絡を後回しにしたときに起きます。
——地図はここまで。あの果樹園の話に戻ります。
勝手に考える、AIが効きそうな場所
さて、本題。筆者の勝手な仕分けを、効きそうな順に四つ。
「顔の見える助っ人」の名簿を、集落の単位で持つ
求人アプリが効かない理由は、顔を知らない人が来ること、来られるかどうかも分からないこと、そしてそもそも対象者が少ないこと、でした。だとすれば、逆をやればいい。近所の移住者、農閑期の別の農家、定年後の人、学生、親族——「顔の見える人」の名簿を集落や直売所の単位で持ち、繁忙期の予定と手伝える日を突き合わせる。マッチングの仕組み自体は求人アプリと同じですが、母集団を「知っている人、動きが読める人」に絞ることで、管理の不安が消えます。
これは高度なAIの話ではありません。誰がいつ手伝えるかの表と、繁忙期の予定を重ねて、候補を出して連絡する。それだけです。それだけのことが、いまは農園主の頭の中と電話帳でやられている。筆者に声がかかるのも、農園主の記憶に筆者がいるからです。その記憶を、集落で共有できる形にしたい(人の頭の中にあるものを組織で共有する難しさは、ナレッジ共有の記事でも書きました)。
直売所の「売り切れました」を、電話の前に届ける
直売所の電話は、売り切れそうになってから鳴ります。でも直売所にはレジがあって、何が何時にどれだけ売れたかは、本当はそこに残っている。売れ行きが一定の線を越えたら「そろそろ切れそうです、追加いけますか?」が自動で農園に届き、農園は「行ける/行けない」をワンタップで返す。電話の代わりではなく、電話の前に来る連絡です。
これで変わるのは速さより段取りです。「昼過ぎに切れそう」が午前中に分かれば、追加の収穫を昼の作業に組み込める。電話が鳴ってから畑に戻るのとは、体の負担が違います。
技術伝承のために勘と経験を「聞き書き」で残す。AIは聞き役
農業のノウハウは、間違いなく人に積もります。おじいちゃんは19歳で果樹農園を始めてから、78歳に至る今日まで、トライ&エラーを繰り返して畑で経験を積んできました。その経験の最新版が、おじいちゃんの頭の中にあります。
作業のタイミングを決めるのは、作物の状況と、前後数日間の天気の様子。それを見て、勘と経験で決める。
面白いのは、聞けば教えてくれること。「なんでこの作業は今日からなんですか」と聞くと、農園主はその感覚をちゃんと言葉にしてくれます。「ここ2日雨が降って、今日が晴れて、22℃まで上がるでしょ?、、、」。危ういのは、それがどこにも書かれていないこと。データにもなっていないし、息子さんにすら引き継がれていない。(ライバルみたいな若干バチバチする関係性のせいかもしれませんが、、、)ともかく、おじいちゃんの頭の中にしかない。電力業界編で書いたディスパッチャーと、まったく同じ構造です。
ここでAIに任せたいのは、判断ではなく「聞くこと」です。作業の日に「今日この作業にした理由は?」「昨日と何が違いましたか?」と、AIが数問だけ聞いて、答えを日付と天気と一緒に残していく。農園主が話し、AIが書く。年に何十回かの聞き書きが数年たまれば、それは息子さんへの、言葉で書かれた引き継ぎ書になります。
これまでの60年近くの積み上げを記録として残すことを志向するなら、言語化できる感覚は言語化して保存するのが先決でしょう。次の世代の果物農家に、美味しい作物のヒントを残せるかもしれませんね。

肥料も同じです。前年にどこへどれだけ撒いたかは、いまもメモに残っていて、翌年の良し悪しに反映されています。これは既に「データ」です。紙のメモを畑の地図に載せ替えるだけで、何年ぶんも重ねて見られるようになる。
前年のメモを、地図の上に重ねる
肥料のメモは「どこに・どれだけ」の情報なので、畑の区画ごとに色で塗れば、それだけで前年比較ができます。新しい入力は増やさず、いまあるメモを載せ替える。農園主の仕事を一つも増やさないことが、この手の道具の生存条件だと思っています。
効かない場所。というより、効かせてはいけない場所
効く場所を並べると、農業もAIで何とかなりそうに見えます。でも、畑で半日過ごすと、はっきり「ここは違う」と言える場所が三つあります。
収穫の「適期」を、機械に決めさせない
仮に、農作業のできるロボットが登場したとします。それでも、収穫やその他の作業の適期を自律的に判断することは、当分むずかしいと筆者は思っています。年によって気温も雨量も日照も違う。去年の正解は今年の正解ではない。おじいちゃんの60年近いトライ&エラーの結果の最新版をAIが聞き出したとしても、そのトライ&エラーを全てインプットすることは不可能な訳です。全ての勘と経験をデータに置き換えることは、少なくとも筆者が手伝っている農園では、現実的ではありません。
ただし、条件付きです。大規模な農園で、六〜七割の品質のものを大量に収穫することを目指すなら、話は別かもしれません。基準を固定して、最高効率を追求できるからです。筆者が手伝っている農家さんは、一家4人で運営する規模で、品質にこだわっていて、作業ごとの最適を都度判断している。そういう農業では、判断は人に残る。先ほどの「聞き書き」は、判断を機械に渡すためではなく、判断する人を次の世代に増やすためのものです。
こだわりと値付けは、農園主のもの
値付けは手作業だと書きました。これを「AIで最適化」したくなるのは分かります。でも、こだわって作ったものにいくらを付けるかは、経営判断であり、その人の矜持でもあります。相場を横に出すところまではAIにできても、最後の一桁を決めるのは、たぶん本人であるべきです。
直売所の電話を、なくさない
「売り切れそうです」を電話の前に届ける、と書きました。でもその通知で、売り場の担当者の電話そのものをなくしてはいけないと思っています。あの電話は、在庫の連絡であると同時に、「今日は動きが早いよ」「これは人気だね」という売り場の空気を届ける回線でもあるからです。通知は段取りのために足すもので、関係を機械に置き換えるためのものではない。効く場所②が、効かせてはいけない場所にひっくり返るのは、ここです。
継ぐ人がいない、という前提で
農園はいま、息子さんの代です。その息子さんには娘さんしかおらず、後継者の目処は立っていません。おじいちゃんも息子さんも体への負担が大きく、早めに作業を分担できる人が要る。腰などの身体的な負担については、アシストスーツや運搬の機械化のように、技術で減らせる部分は減らせばいい。ただ、この規模の農園でいま現実的に効くのは、分担できる人を増やすことのほうです。次の世代への技術の継承には、課題が山ほどあります。
これは、この農園だけの話ではありません。農林水産省の2025年農林業センサス(概数値)によれば、基幹的農業従事者は102万1千人で、5年前から34万2千人、25.1%減っています。
だから筆者は、農業のDXを「効率化」の話としてではなく、「継承」の話として考えたい。勘と経験の聞き書きも、助っ人の名簿も、直売所の連絡も、全部、次に畑に立つ人が困らないための道具です。効率が上がるのはその副産物でいい。
手伝いに行く日のこと
半日の手伝いが終わると、ときどき、採れたものを少し持たせてくれます。それを家で食べながら、今日の農園主の一言を思い出す。「今日にしたのは、昨日の雨の乾き方が良かったから」。そういう一言が、まだ誰のノートにも書かれていない。
農業のDXで最初に作るべき道具は、収穫ロボットでも需要予測でもなく、その一言を拾うノートなんじゃないか——というのが、果樹園を勝手に眺めている移住者の見立てです。
あなたの現場では、どうでしょう。能力も人柄も素敵なあの人の、その一言は、いまどこに残っていますか?
農業のDX・AI活用のよくある質問
農業のDX・AI活用とは何ですか?
データとデジタル技術で仕事のやり方そのものを変えるDXの考え方を、農業に当てはめることです。ロボットやドローン、センサーによる「スマート農業」が中心で、成立すれば繁閑の差を気にせず最少人数で回せる本命の方向です。ただし初期投資と農園主の年齢の壁で振り切れる農家は限られ、業界全体のソリューションにはまだなっていません。本記事の筆者が果樹園の手伝いで見た困りごとは、人手の繁閑、直売所との連絡、勘と経験の引き継ぎといった畑のまわりにあり、そこは振り切れない農園でも今日から手が届きます。
スマート農業はどのくらい普及していますか?
日本政策金融公庫の2025年3月の調査では「導入済み」が44.9%で、畑作や北海道の稲作で高く、果樹は「未導入だが導入意向あり」が53.2%です。導入の課題は「初期投資費用が高い」が約8割。農林水産省の調査では、データを活用した農業を行う経営体は2023年時点で26.1%です。
小さな果樹園でも、AIやデジタルは役に立ちますか?
役に立つ場所は、機械より先に連絡と記録にあります。顔の見える助っ人の名簿、直売所の「売り切れそう」の通知、作業の判断理由の聞き書き、肥料メモの地図化は、いずれも入力を増やさず、既にある情報を流す・残すだけで始められます。本記事はそれらを効く場所4つとして整理しました。
農家の勘と経験は、AIで再現できますか?
当分むずかしいと筆者は考えています。年ごとに気温も雨量も日照も違い、60年近いトライ&エラーの全てを入力することは現実的ではないからです。AIに任せたいのは判断ではなく「聞くこと」で、作業日に数問を聞いて記録に残し、判断できる人を次の世代に増やすために使います。大規模で均質な品質を狙う農業では、基準を固定できるため事情が異なります。
直売所とのやり取りは、どうデジタル化できますか?
直売所は全国22,380経営体・年間販売額1兆879億円(農林水産省・令和4年度)の大きな販路で、レジには売れ行きが残っています。売れ行きが一定の線を越えたら農園に「切れそうです、追加いけますか?」が届き、ワンタップで可否を返す形が現実的です。売り場の担当者の電話をなくすのではなく、その前に届く一報を足します。
人手不足は、求人アプリで解決できますか?
農村部では利用者が少なく、農園主側の「管理する自信がない」「信頼関係のない人に作物を触ってほしくない」という感覚もあり、アプリを入れれば解決する問題ではないというのが筆者の実感です。母集団を「顔の見える人」に絞った名簿を集落や直売所の単位で持つほうが、管理の不安なく回ります。
この記事は、ARCHECOが運営するメディア「AI・新規事業戦略大学」でお届けしました。ARCHECOは、UI/UXデザインとプロダクト開発を強みに、お客さまと並走しながら「使われるもの」をつくっているチームです。ご相談・お問い合わせはこちらからどうぞ。