ChatGPTを“配っただけ”では活用されない ― ライセンス導入率と本当の活用率のあいだ

全社に生成AIを配ったのに、3か月後には誰も使っていない――なぜ「配っただけ」では活用されないのか。道具を一式そろえても立てなかった、筆者のスノボ初日の話から、本当の生成AI 活用までの道のりを書きました。

筆者がスノーボードを始めたのは、20歳くらい、まだ東京に住んでいたころです。若かりし日の話です。先輩に誘われて、形から入るタイプなのも手伝って、まずは道具を一式そろえました。パウダースノーにも突っ込める板、軽くてサポートの強いブーツ、3層構造のゴアテックスウェア、偏光レンズで視界の広いゴーグル。圧倒的過剰装備。鏡の前で装備を整えたときは、正直、もう半分くらい滑れる気になっていました。我ながら、おめでたい話です。

で、意気揚々とゲレンデにたどり着き、新しい板を抱えてウキウキでリフトに乗って、頂上でどうなったか。板を履いて立ち上がることすら、ままなりませんでした。

立ち上がった瞬間に、バランスを崩してよろめくと、板のエッジが雪に刺さって足を取られ、尻もちをつく。立ち上がろうとすると、今度は倒れた方と反対側に、ぐらりとまた転ぶ。これぞ、初心者スノーボーディング。そして、ちょっと前に先輩と神田小川町に繰り出した、あのショッピングの瞬間がよぎる。先輩に言われるがままに最新のイケてる道具を一式そろえても、「滑れる」とは、1ミリも関係がなかったんです。

初日は、緩斜面でひたすら転んで終わりました。正確には、リフトで登って、斜面の上で板を履く。転がり落ちて、立って、また転がり落ちて、、、を繰り返しているうちに日が暮れた。新品ゴアテックスウェアの中は汗だくなのに、進んだ距離は数メートル。斜面の上から、すいすい滑り降りていく小学生を、恨めしく見上げていたのを覚えています。あれだけ道具にお金をかけたのに、その日できるようになったのは「やや安全に転ぶこと」だけ。帰り道の、徒労感。「もう二度と行きたくない!」と不貞腐れました。(ちなみに、2、3日すると悔しすぎてまた行きたくなっていました笑)

滑れるようになったのは、その後です。次の機会に一緒に行った上手な先輩が見かねて、「まず止まり方よ」と、半日つきっきりで教えてくれた。板の傾け方、転び方、止まり方。一個ずつ。あの半日がなかったら、たぶん筆者はスノボを「高い道具を買っただけで終わった趣味」にしていたと思います。

なぜこの話をするかというと、会社に生成AIを「配った」あとに起きることが、あのスノボ初日と、見事に同じだからです。道具をそろえることと、使えるようになることは、まったくの別物。今日はその「あいだ」にある深い谷の話をします。(ちなみにこのスノボ、のちに筆者を長野移住まで連れていきます。顛末は自己紹介にて。)

導入率100%、活用率10%という現実

たとえば、こんな話があったとします。これも、いくつかの会社で実際に見かけた光景の、寄せ集めです。

ある企業が、全社員にChatGPTの法人ライセンスを配布しました。「これからは全社員AI活用の時代だ」と号令がかかり、導入率は見事に100%。経営会議の資料には「全社導入完了」と誇らしく書かれました。

3か月後。実際に毎日のように使っているのは、ざっと1割でした。

残りの9割が、どうしていたか。配られた初日に、ちょっと触ってはいるんです。「東京の天気は?」みたいなことを聞いて、「お、賢いな」と感心する。でも、そこで止まる。「で、これ、自分の仕事の何に使えばいいんだ?」という問いの前で、そっとタブを閉じる。そして二度と開かない。ライセンス料だけが、静かに毎月引き落とされていく。

たとえば、経理部のベテラン社員を思い浮かべてみてください。20年、几帳面に数字と向き合ってきた人です。「全社員AI活用」のメールを受け取って、いちおう真面目に開いてみる。何を聞いていいかわからないので、とりあえず「経費精算のやり方を教えて」と打ってみる。返ってきたのは、一般論としては正しいけれど、自社のルールとは微妙に違う答え。「なんだ、うちのことはわかってないのか」。そこで、そっと閉じる。彼にとって、AIは「賢いけど、うちの仕事は知らない、よその新人」でしかなかった。一回そう思ったら、もう開く理由がない。

これは、その人がサボっているわけでも、ITが苦手だからでもありません。「自分の仕事の、どこに、どう効くか」が見えなかった。ただ、それだけです。導入率は、滑れることを保証しません。板を配った数を数えているだけで、何人がゲレンデを滑り降りられるかは、まったく別の話なんです。

なぜ「配る」だけでは谷を越えられないのか

この谷には、3つの段差があります。

ひとつ目は、何でもこなせるスノーボードを渡されても、初心者はスノーボードで「滑る」以外何ができるか知らないこと。ChatGPTは「何でもできる」がゆえに、「自分の、あの作業に、どう使うか」は、自分で見つけないといけない。これが、思った以上に難しい。スノボの板を渡されて「さあ、自由に滑って」と言われても、初心者は何をどうしていいかわからないのと同じです。自由すぎる道具は、初心者には不親切なんですよね。

これは、ChatGPTが悪いわけじゃありません。むしろ万能だからこそ起きる問題です。料理の名人に最高級の包丁を渡せば一流の一皿が出てくるけれど、包丁を握ったことのない人に同じものを渡しても、何も生まれない。下手をすると指を切る。道具の切れ味と、使い手が引き出せる価値は、まったく別物なんです。生成AIは、まさにあの最高級の包丁。よく切れるぶん、「あなたの台所では、まずこれを切るのにこう使うといい」と、最初の一品を一緒に決めてくれる人がいないと、ただ怖いだけの刃物になってしまう。

ふたつ目は、最初の転倒でやめてしまうこと。慣れない人が最初に使うと、たいてい一回、うまくいきません。的外れな答えが返ってきたり、思ったように動かなかったり。スノボの初日に転ぶのと同じで、これは当たり前のこと。でも、「教えてくれる人」がいないと、その一回の転倒が「やっぱり自分には向いてない」になって、そこで終わる。

みっつ目は、社内に「滑れる先輩」がいないこと。号令はかかった。ライセンスも配られた。でも、隣で「こう使うんだよ」と教えてくれる人がいない。研修動画は一応あるけれど、誰も最後まで観ない。これも、スノボとそっくりです。

考えてみてください。もしあのとき、ゲレンデにマニュアルだけが置いてあって、「はい、これ読んで滑ってね」だったら、筆者は絶対に滑れるようになっていません。実際に隣に立って、「もうちょい後ろに体重」「そう、それ!」と声をかけてくれる人がいたから、初めて体が動いた。新しいことを身につけるとき、いちばん効くのは、立派な教科書でも、偉い人の号令でもなくて、隣にいる、ちょっとだけ先を行く人なんです。会社のAI導入で決定的に足りないのは、たいてい、この“隣の人”です。

ついでに言うと、この3つの段差は、ぜんぶ「配った瞬間」には見えません。導入率100%という数字の裏で、9割の人が静かに谷の手前で立ち止まっている。経営からは、全員が滑り出したように見えている。このズレに気づけないまま「うちはAI導入済み」と安心してしまうのが、いちばん危ないパターンです。

全員に配られた導入率100%の状態から、自分の仕事のどこに使うかわからない・最初の転倒でやめる・隣に教えてくれる先輩がいないという3つの段差で人が離脱していき、自分の仕事で使い続けるのはざっと1割になる流れを示した図
9割は“サボり”ではなく、段差の手前で止まっているだけ

「配る」から「滑れるようにする」へ

ここを乗り越えた会社は、何をやっていたか。ひとことで言うと、「配る」のをゴールにせず、「滑れるようにする」をゴールにしていました

具体的には、まず号令と一斉配布をやめます。代わりに、チームごとに膝を突き合わせて、「あなたたちの、実際の仕事の、この作業」を2つか3つ、一緒に選ぶ。営業チームなら「商談メモから議事録を作る」、人事なら「求人票のたたき台を書く」みたいに、自分のゲレンデの、具体的な斜面を決めるんです。そして、その場で一緒にやってみせる。緩斜面で「まず止まり方」を教えた、あの半日と同じことを、業務でやる。

ここでのコツは、選ぶ作業を「その人が毎週やっていて、ちょっと面倒だと思っているもの」にすること。壮大な業務改革ではなく、「あの地味な作業、AIにやらせたら30分浮きますよ」くらいの、手触りのある一個でいい。さっきの営業チームでいえば、商談のあとに記憶を頼りに議事録を起こすのに、毎回1時間かけている。そこへ「録音を貼るだけで下書きができますよ」と、その人の実際の音声でやってみせる。すると、その人の中で初めて、AIが「天気を教えてくれる賢い箱」から「自分の1時間を返してくれる相棒」に変わる。この“自分ごとへの変換”が起きないと、人は絶対に動きません。逆に、一度起きると、勝手に動き出します。

AIが「天気を教えてくれる賢い箱」という他人ごとから、自分の実際の作業で隣の人が一回やってみせることをトリガーに「自分の1時間を返してくれる相棒」という自分ごとへ変わる過程を示した図
この変換が起きるまで、人は動かない

次に、各チームに一人、「滑れる人」を育てます。いわゆる社内チャンピオンです。完璧な専門家じゃなくていい。ちょっと先に慣れて、隣の人に「それ、こう書くと一発だよ」と教えられる人。この“隣の先輩”が一人いるかどうかで、チームの生成AI 活用は、びっくりするくらい変わります。

そして、最初の成功体験を、とにかく小さく作る。いきなり「業務を変革しろ」なんて言わない。「毎週の議事録の要約だけ、AIにやらせてみて」でいい。一回でも「お、これラクだ」を体験すると、人は不思議なもので、自分から次の使い道を探し始めます。一回、スーッと滑れる感覚を覚えると、もう一本滑りたくなる。あれと同じです。逆に、最初の一歩を大きくしすぎると――いきなり急斜面に連れていくと――人は転んで、怖くなって、二度とゲレンデに来なくなる。最初の斜面は、ちょっとした丘くらい。緩くて小さくていいんです。

さっきの経理のベテランも、もし誰かが隣で「経費精算の“社内ルール込み”のFAQを、AIにこう作らせると一発ですよ」と、彼の実際の困りごとに合わせて一回見せていたら、たぶん反応はまるで違っていました。「よその新人」が、急に「使えるやつ」に見えてくる。きっかけは、ほんの小さな一回の成功なんです。

こうして、測る指標も変わります。「何人に配ったか(導入率)」ではなく、「何人が自分の仕事で実際に使っているか(活用率)」。配った数を自慢するのをやめて、滑れるようになった人の数を数え始めたとき、その会社の生成AI 活用は、ようやく本物になっていきます。

稟議・ライセンス購入・全社メールで終わる「配る」設計と、現場の斜面選び・実データで見せる・隣の先輩育成・小さな成功体験・活用率で測るまで続く「滑れるようにする」設計の工程を対比した図
配るのは誰でもできる。差がつくのは、配ったあとの工程

配るのは、誰でもできる

身もふたもないことを言うと、生成AIを配るだけなら、誰でもできます。稟議を通して、ライセンスを買って、全社にメールを一本流せば、導入率100%の出来上がりです。難しいのは、その先。配られた9割の人が、最初の転倒を越えて、自分の斜面を滑り降りられるようにすること。地味で、手間がかかって、号令一本では絶対に終わらない仕事です。

でも、考えてみれば、当たり前のことなんですよね。高い板を買っただけでは誰も滑れるようにならないことくらい、スノボなら誰でも知っている。なのにAIになると、つい「配ったら使えるようになる」と思ってしまう。筆者も人のことは言えません。あの日、神田小川町で、装備を整えた鏡の前で、半分滑れる気になっていたクチですから。

だから、もしあなたの会社が「生成AIを全社導入したのに、なぜか盛り上がらない」と悩んでいるなら、たぶん足りないのは、追加のライセンスでも、もっと高機能なツールでもありません。チームの隣に立って、半日つきあう“滑れる先輩”です。道具は、スタート地点に立たせてくれるだけ。そこから先の一歩は、いつだって、誰かが隣で見てくれているから、踏み出せる。AIだろうとスノボだろうと、人が新しい一歩を踏み出すときの心細さは、たぶん、そんなに変わらないんです。

余談ですが、いまでもちょっと恨んでいる先輩がいます。たぶん高速代を割り勘にしたいが為に筆者をゲレンデに連れ出し、乗せに乗せてイケてる道具だけ一式買わせて、滑り方は何ひとつ教えてくれなかった、あの先輩です。そして、次の機会に黙って半日つきあい、止まり方から教えてくれた先輩には、20年以上たったいまも、こっそり感謝しています。会社のAI導入にほんとうに必要なのは、たぶん、前者みたいな威勢のいい旗振り役ではなくて、後者みたいに、隣で半日、転ぶのにつきあってくれる人なんですよね。


この記事は、ARCHECOが運営するメディア「AI・新規事業戦略大学」でお届けしました。ARCHECOは、UI/UXデザインとプロダクト開発を強みに、お客さまと並走しながら「使われるもの」をつくっているチームです。ご相談・お問い合わせはこちらからどうぞ。

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