
昔、ある会議室の壁に、女性の顔写真が貼ってありました。名前は田中さん。34歳、都内在住、共働き、休日はコストコに行きます。徹夜で作りました。僕が。
半年後に同じ部屋へ入ったら、田中さんの上から別のポスターが貼られていて、顔の下半分だけがはみ出していました。誰も剥がしていないし、誰も困っていませんでした。
UXデザインの仕事を長くやってきたので、ああいう人物像を何十枚も作ってきた側の人間です。だからこの記事は、ペルソナの紹介であると同時に、作ってきた側の反省文でもあります。
前置きはさておき、本題に入ります。今日は、ペルソナとは何かという基本から、ターゲットとの違い、作り方、そして丁寧に作ったペルソナがなぜ使われなくなるのかまで、話をしていこうと思います。
先に、この記事でいちばん言いたいことを書いてしまいます。
ペルソナの価値は、書類の出来栄えではなく、「判断に使われた回数」で決まります。
きれいに作ることより、議論の場で「この人ならどっちを選ぶか」と参照されること。そこから逆算すると、作り方も、項目の選び方も、見え方が変わってきます。順番に書いていきます。

① ペルソナとは何か — ターゲットとの違いから

ペルソナとは、製品やサービスの代表的な利用者を、架空の1人の人物として作り込んだものです。名前があり、状況があり、目的があり、選び方の癖があります。マーケティングでもUXデザインでも使われますが、役割は同じで、議論の主語を1人に固定することです。
よく混同されるターゲットとの違いは、粒度です。
→ ターゲットは層の指定。「30代・共働き・都市部在住・世帯年収800万円」のような、集合の境界線を引く作業です。
→ ペルソナはその層の中の1人。「田中さん、34歳、時短勤務2年目、平日の自由時間は22時からの1時間だけ」のような、判断まで想像できる具体です。
なぜ1人まで落とすのかというと、層のままでは、関係者がそれぞれ別の人を思い浮かべて話すからです。同じ「30代共働き」でも、営業は自分の顧客を、開発は自分の姉を、デザイナーは自分を思い浮かべる。この状態で機能の優先順位を議論すると、結論は声の大きさで決まります。ペルソナは、その主語のズレを消すための道具です。
デザイン思考の文脈では、観察やインタビューで得た事実をペルソナに束ねて、共感(Empathize)の土台にします。ここでも本質は同じで、チームの全員が同じ1人を見るための装置です。
② ペルソナの作り方 — 4ステップ

作り方は、教科書どおりで大丈夫です。ステップは4つあります。
(1)リサーチする。 インタビューや行動データ、問い合わせログから、実在の利用者の事実を集めます。ここを飛ばして会議室で作ると、ペルソナではなく「こうであってほしい客」という願望の人物像ができあがります。人数の目安は、傾向が繰り返し出始めるまで。少人数のインタビューでも、5人前後で同じ詰まり方が2回、3回と出てくれば、骨格には足ります。
(2)骨格を決める。 集めた事実から、行動や判断のパターンが近い人たちを束ねて、代表を1人決めます。ここで大事なのは、属性ではなく行動で束ねることです。年齢が近い人ではなく、「比較検討に時間をかけない人」「口コミを3件読むまで買わない人」のような、選び方が近い人を束ねます。
(3)肉付けする。 名前、顔、状況、目的、制約、判断の癖を書き込みます。項目は後述しますが、原則は1つで、「この人ならどうするか」に答えるための情報だけを書くことです。
(4)共有して、使う。 作って終わりにせず、仕様の議論、優先順位づけ、コピーのレビューといった判断の場面に持ち込みます。ここが本体です。作成にかけた時間が10だとしたら、運用に100かけるくらいの比重が正しい。逆になっている現場を、僕はたくさん見てきました。
③ 何を書くか — 項目テンプレートと、書きすぎない技術

項目は、4種類に整理すると迷いません。
- 属性:名前、年齢、職業、家族構成。読み手が1人の人間として想像するための最低限。
- 状況:使う場面、使える時間、使うデバイス。「平日は22時以降の1時間だけ」「移動中はスマホのみ」のような制約。
- 目的:この製品・サービスで達成したいこと。1〜3個に絞ります。
- 判断基準:何を優先し、何を嫌うか。「価格より返品のしやすさ」「初期設定に15分以上かかると離脱」のような、選び方の癖。
そして、書きすぎない技術のほうが重要です。判定は簡単で、その項目は「この人ならこの2案のどちらを選ぶか」の予想に効くかを1行ずつ問うだけです。
→ 「休日はコストコ」——ECの買い置き提案の判断に効くなら残す。雰囲気づくりだけなら削る。
→ 「世帯年収800万円」——価格帯の判断に効くなら残す。誰も参照しないなら削る。
田中さんのポスターには、埋めた項目が12ありました。半年間で判断に使われた項目は、思い返すとゼロです。項目の数と機能は、比例しません。
④ 機能しないペルソナの見分け方 — 3つのサイン

ここまでの作り方は、教科書どおりにやれば、ちゃんと形になります。実際、形にはなるんです。問題は、そのあとです。
作ったペルソナが機能しているかどうかは、書類を見ても分かりません。見るべきサインは3つあります。
サイン1:判断の場面に出てこない。 仕様で揉めたとき、優先順位を切るとき、誰も「田中さんならどうか」と言わない。会議で参照された回数が月に1回を下回っていたら、それはもう掲示物です。
サイン2:全員に好かれる人物像になっている。 嫌いなもの、絶対にやらないこと、切り捨てた選択肢が書かれていないペルソナは、誰の反対もされない代わりに、何の判断も生みません。機能するペルソナには、「この人はこれを選ばない」が書いてあります。
サイン3:一度も更新されていない。 作成日から1年、変更履歴がゼロ。利用者は変わり続けているのに書類だけ止まっているなら、現実との接続はすでに切れています。
⑤ なぜ丁寧に作っても死ぬのか — 答え合わせができないから

ここからが、作ってきた側としての本題です。サインの話をすると、「では運用を頑張ればいいのか」となりがちですが、僕はもう少し根が深いと思っています。
ペルソナを作るとき、正解は顧客の頭の中にあります。自分の中にはありません。つまり、何を書いても、それが合っているかどうかを確かめる術が、その場には無いということです。
答え合わせができない作業は、どこへ向かうか。形式へ向かいます。中身の正しさを競えないので、形の整い方を競うことになる。名前を付け、顔写真を貼り、年収の欄を埋め、フォーマットを揃え、レビューで粒度を指摘し合う。田中さんを徹夜で作っていたとき、僕がやっていたのはまさにこれでした。
もうひとつ、前提の変化があります。ペルソナ設計は「作るのは高いから、作る前に外さない確率を上げる」ための投資でした。作るのに3ヶ月かかる時代なら、解像度に2週間かけるのは安い。ところが今は、解像度を上げる会議をしている間に、試作を3案作って出せます。出した結果は仮説ではなく事実なので、精度も比較になりません。当てにいくより、当たるまで出すほうが速くなった。この前提の逆転が、ペルソナの割に合わなさの正体です。
だから、機能しないのは作り方が下手だからではありません。答え合わせができない構造と、前提の逆転。この2つが重なった結果です。ここを見ないで作り方だけ磨くと、きれいな掲示物が増えていきます。
⑥ それでも残るもの — ペルソナ設計という「能力」の向け先

では、ペルソナはもう捨てるべきかというと、そうではないと思っています。捨てるべきなのは成果物であって、能力ではありません。
ペルソナ設計とは、分解すると「ある人間が、どういう場面で何を選び、何を選ばないかを見抜き、その人でない誰かが再現できる形に書き下す」能力です。これはかなり難しい技術で、UXの業界は数十年かけて磨いてきました。形骸化したのは、書き下したものを誰も再現しなかったからです。壁に貼られて、会議でたまに参照されて、終わる。
ところが、再現する相手は人間である必要がありません。AIに仕事をさせるために、判断基準・タブー・優先順位を書き下して注入すると、この能力はそのまま生き返ります。しかも今度は、出力がすぐ返ってくるので答え合わせができます。「この基準ならこう書くはずだ」に対して、出てきた文章を見て「ここが違う」と直せる。ペルソナ設計に欠けていた検証のループが、向きを変えた瞬間につながります。
このあたりの実装と顛末は、別の記事(ペルソナに意味はない。だから、AIのためのペルソナを作った)に書きました。書き始めるなら決定ログから、という順序の話もそちらにあります。
ただし、代償も書いておきます。判断の癖を書き下す作業は、属性を埋める作業の何倍も疲れます。1項目書くのに、過去の選択を2つ、3つと思い出して根拠を確かめることになるからです。楽になった感覚は、正直ありません。楽になるのは、書き終えて運用が回り始めたあとです。
まとめ — 出来栄えではなく、使われた回数

もう一度だけ、順番で言い切ります。
→ ペルソナは、ターゲット(層)の中から作り込んだ架空の1人。役割は議論の主語をそろえること。
→ 作り方は4ステップ。行動で束ね、判断に効く項目だけを書く。
→ 機能しているかは書類では分からない。判断の場面で参照された回数を見る。
→ 丁寧に作っても死ぬのは、答え合わせができない構造と、作って試すほうが速くなった前提の逆転のせい。
→ それでも、判断の癖を再現可能な形に書き下す能力は残る。向け先を変えれば、答え合わせのできる仕事になる。
ペルソナは、上手な人物紹介のコンテストではありません。次の判断がひとつでも速く、正確になるか。その一点に効くから使うのであって、効かない場面で律儀に作るものではない、と考えています。
よくある質問(と僕の答え)

Q. ペルソナとターゲットは何が違うのですか?
ターゲットは「30代・共働き・都市部在住」のような層(集合)の指定で、ペルソナはその層の中から作り込んだ架空の1人です。層のままでは関係者ごとに思い浮かべる人がバラバラになるので、名前・状況・判断の癖まで1人分に固定して、議論の主語をそろえます。ターゲットが「誰に売るか」の範囲を決め、ペルソナが「その人はどう選ぶか」を具体化する、という分担です。
Q. ペルソナには何を書けばいいですか?
属性・状況・目的・判断基準の4種類です。大事なのは項目を埋めることではなく、「この人ならこの2案のどちらを選ぶか」に答えられるかどうかです。判断の予想に使えない属性は、いくら精緻でも飾りになります。迷ったら、属性を減らして「選び方」を厚くしてください。
Q. ペルソナはもう意味がない、という意見をどう考えますか?
成果物としてのペルソナは、割に合わない場面が増えたと思います。作って試すコストが下がったので、解像度を上げてから当てにいくより、出して確かめるほうが速いからです。ただし、判断の癖を他人が再現できる形に書き下す能力そのものは、AIへ渡す判断基準の記述という形で、答え合わせのできる仕事に変わります。捨てるのは書類で、能力ではありません。
ペルソナ作りに詰まったら、たいていは「属性ばかり厚くて選び方が書かれていない」か「作ったあとの使い所を決めていない」かのどちらかです。まずそこを疑ってみてください。
以上です。