
昔、A3で刷ったカスタマージャーニーマップを、意気揚々と客先の会議室へ持って行ったことがあります。ステージは6列、感情曲線はきれいな谷を描いていて、我ながらよくできていました。その月、そのサービスの実際の注文件数はゼロでした。マップの上では、顧客はちゃんと旅をしていたのですが。
UXデザインの仕事でジャーニーマップを何十枚も描いてきた側の人間なので、この記事は解説であると同時に、反省文でもあります。
前置きはさておき、本題に入ります。今日は、カスタマージャーニーマップとは何かという基本から、要素と作り方、そして丁寧に描いたマップがなぜ施策を生まないのかまで、話をしていこうと思います。
先に、この記事でいちばん言いたいことを書いてしまいます。
ジャーニーマップの価値は、網羅の美しさではなく、「顧客が止まっている1箇所」を見つけられるかで決まります。
マップは完成させる書類ではなく、止まる場所を探すための検索道具です。ここから逆算すると、要素の選び方も作り方も変わってきます。順番に書いていきます。

① カスタマージャーニーマップとは何か

カスタマージャーニーとは、顧客が商品やサービスを知り、比較し、購入し、使い続けるまでの一連の道のりのことです。そしてカスタマージャーニーマップは、その道のりを時間軸で1枚に見える化した図です。道のりが現象で、マップがその記述、という関係になります。
なぜわざわざ図にするのかというと、理由は主に2つあります。
→ 顧客の体験は、社内の部門割りと一致しないから。 広告は宣伝部、店頭は営業部、アプリは開発部と担当が分かれていても、顧客にとっては1本の続いた体験です。会議で「それはアプリ側の課題ですね」と担当が切り分けた瞬間に、つなぎ目で落ちている顧客は誰の担当でもなくなります。マップは、この分断を1枚の上で見えるようにします。
→ 議論の主語をそろえるため。 どの段階の、どの接点の話をしているのかを固定しないと、改善の議論は発散します。この点はペルソナと同じ役割です。
② 基本要素は5つ — と、AS-IS / TO-BE

マップの行を構成する基本要素は、5つです。
- ペルソナ:誰の旅か。作り方は別記事に書きましたが、ここでは「判断の癖まで書いた架空の1人」と押さえれば十分です。
- ステージ:認知 → 興味 → 比較 → 購入 → 利用 → 継続、のような段階。事業に合わせて4〜6列程度に。
- 行動:各ステージで顧客が実際にすること(検索する、店頭で見る、友人に聞く)。
- タッチポイント:顧客が接触するもの(広告、店頭、アプリ、メール、紙のチラシ)。
- 感情・思考:各時点で何を感じ、どこに引っかかっているか。曲線で描くことが多い部分です。
そして、マップにはAS-IS(現状)とTO-BE(理想)の2種類があります。順番はAS-ISが先です。現状を事実で描いて止まる場所を特定し、その箇所をどう変えるかをTO-BEで描く。TO-BEから始めると、裏付けのない理想の旅ができあがります。
③ 作り方 — 5ステップ

作り方は、教科書どおりで大丈夫です。ステップは5つあります。
(1)目的とスコープを決める。「解約を減らしたい」「初回購入までを改善したい」のように、見たい区間を先に絞ります。認知から継続まで全区間を1枚でやろうとすると、行数が増えて、どの列も薄くなります。
(2)ペルソナを置く。 旅の主語を1人に固定します。主語が「顧客全般」のマップは、誰の感情も描けません。
(3)データを集める。 インタビュー、行動ログ、問い合わせ内容、現場の観察。ここが薄いまま進むと、「たぶんここで嬉しいはずだ」という想像で旅を描くことになります。想像で描いた感情曲線は、きれいな谷になります。実物はもっと不機嫌で、途中で旅をやめます。
(4)マップに落とす。 集めた事実を5要素の行に配置します。付箋でもスプレッドシートでも構いません。テンプレートは検索すれば無料のものが山ほど出てきますし、様式の差で結果は変わりません。
(5)止まる場所を1つ選び、施策につなぐ。 マップ作成の本体はここです。感情が落ちている箇所、行動が途切れている箇所から、最も件数に効く1箇所を選んで施策に落とします。ここまでやって、マップは初めて仕事をしたことになります。
④ ここまでやっても、施策につながらないことがある

ここまでの作り方は、正しくやれば、ちゃんと形になります。実際、形にはなるんです。冒頭のA3のマップも、この手順で作りました。それでも注文はゼロだった。
なぜかというと、マップの横軸は時間(ステージ)だけで構成されていて、実際の顧客を止めていた2つのものが、どの行にも描かれていなかったからです。
1つ目は、顧客の「状態」です。 訪日客向けの荷物配送サービスを手伝っていたときの話をします。同じ「観光中の訪日客」でも、観光案内所に立ち寄った人と、ホテルの部屋にいる人では、持っている時間がまるで違います。荷物を人に預けるという判断には1〜2日かかることが、あとから分かりました。観光の途中に立ち寄る場所には、その時間がない。ジャーニーマップ上ではどちらも同じ「利用検討」の列に載ってしまいますが、実際の成否はこの状態の差で決まっていました。
2つ目は、接点の「物理」です。 マップの上では、宿泊施設に案内物があり、顧客はそれを見て申し込む、という旅になっていました。ところが現場では、その案内物のQRコードの印刷物が、部屋に展開されていませんでした。 図の上に存在する接点が、物理的には存在しなかった。トランザクションがゼロの月の原因は、感情曲線のどこでもなく、紙が置かれていないことでした。
⑤ 止まる1箇所を直したら、何が起きたか

原因が「状態」と「物理」だと分かってからの打ち手は、拍子抜けするほど地味でした。
→ 時間のある場所へ接点を移す。具体的には、部屋のドアノブにチラシを掛けた。 部屋は、1〜2日の判断時間がある唯一の場所だからです。
→ アプリを入れた人には、Push通知で申し込みの後押しを送った。
この2つで、後半の11日間で受注17件、期間比850%の伸びになりました。マップの描き直しは一切していません。動いたのは、ドアノブと通知という2つの接点だけです。
もう1つ、逆向きの話もあります。現場の責任者が「タオルを3枚置けば内線は鳴らない」と言ったことがあります。問い合わせの内線という接点を改善するのではなく、部屋にタオルを多めに置いて、接点ごと消すという発想です。ジャーニー上の接点は、増やしたり磨いたりするだけでなく、消すのが正解の場所もあります。
代償も書いておきます。この進め方は、マップを描く仕事より泥臭くなります。ホテルの部屋を1室ずつ確認して回る日もありましたし、チラシの設置は印刷と現場調整があるぶん、スライドを1枚直すより時間がかかります。それでも、きれいなマップを2枚目に増やすより、件数には確実に効きました。
⑥ 実務で使うなら — マップに2つの行を足す

以上を踏まえて、実務でマップを描くときは、基本の5要素に2つの行を足すことをおすすめします。
→ 状態の行:その時点の顧客に、時間はあるか。手は空いているか。誰と一緒か。「利用検討」という同じ列でも、状態が違えば別の旅として扱います。
→ 物理の行:その接点は、現場に実物として存在するか。「誰が置いて、誰が確認するのか」まで書いて、初めて接点と呼べます。図の上の接点と現場の接点は、確認するまで別物です。
この2行は、テンプレートにはまず載っていません。ですが、マップが施策につながらないときに抜けているのは、経験上ほぼこのどちらかです。
まとめ — 完成ではなく、止まる場所の特定

もう一度だけ、順番で言い切ります。
→ カスタマージャーニーマップは、顧客の道のりを時間軸で1枚に見える化した図。目的は部門の分断を越えて、止まる場所を特定すること。
→ 要素は5つ。AS-ISが先、TO-BEが後。
→ 作り方は5ステップ。本体は「止まる1箇所を選んで施策につなぐ」の最後の一歩。
→ それでもつながらないときは、顧客の状態と接点の物理が描かれていない。
→ 接点は、増やす・磨くだけでなく、消すのが正解の場所もある。
マップは、上手な図解のコンテストではありません。顧客がどこで止まっているかを、関係者全員で特定できるか。その一点に効くから描くのであって、描くこと自体が目的になった瞬間に、会議室の壁新聞になります。
よくある質問(と僕の答え)

Q. カスタマージャーニーとカスタマージャーニーマップは何が違うのですか?
カスタマージャーニーは、顧客が知ってから使い続けるまでの道のりそのもので、マップはその道のりをステージ・行動・接点・感情の行に分けて1枚に記述した図です。道のりが現象、マップが記述という関係です。描く目的は記録ではなく、顧客が止まっている場所の特定です。
Q. マップには何を書けばいいですか?
基本はペルソナ・ステージ・行動・タッチポイント・感情の5行です。慣れてきたら、顧客の状態(時間の余裕・その場の状況)と接点の物理(実物が現場にあるか)の2行を足してください。施策につながらないマップは、たいていこの2つが抜けています。
Q. AS-ISとTO-BEはどちらから作るべきですか?
AS-IS(現状)からです。現状を事実で描いて止まる場所を特定してから、TO-BE(理想)でその箇所の変え方を描きます。TO-BEから始めると、裏付けのない理想の旅ができあがり、優先順位が決められなくなります。
ジャーニーマップ作りに詰まったら、たいていは「区間を欲張って全部を1枚に入れている」か「データより先に感情曲線を描いている」かのどちらかです。まずそこを疑ってみてください。
以上です。