筆者が電力会社にいたころ、中期経営計画というものの策定に関わったことがあります。半年かけて、ぶ厚い冊子を一冊、作り上げました。
きれいな表紙、未来予測のグラフ、3か年のロードマップ、各部門の役割分担。刷り上がったときは、正直、達成感がありました。やりきった、という顔で、みんなで写真でも撮りたいくらいの。
でも、その冊子がその後どうなったか。だいたい想像がつくと思います。役員フロアの棚に並べられて、背表紙だけがこちらを向いたまま、静かに埃をかぶっていきました。一年後、中身を諳んじている人は、作った当人を含めて、たぶん一人もいなかった。
あのとき学んだのは、こういうことです。「立派な計画書を作り上げること」と「現場が動くこと」は、まったくの別物だ。 むしろ、計画は完成した瞬間から古びはじめる。半年かけて練り上げた前提は、刷り上がるころには市場が少し動いていて、もうほんの少しズレている。そのズレを誰も直さないまま、冊子だけが立派な姿で残る。
念のため言っておくと、計画づくりが無駄だったとは思っていません。あの過程で議論したことには意味があった。問題は、「冊子という“成果物”が出てきた達成感」が、「で、明日から何を変えるんだっけ」という肝心の部分を、きれいに上書きしてしまったことなんです。ゴールテープに見えたものは、本当はスタートラインだった。
なぜこの話から始めたかというと、いま「AIコンサル」に頼んで出てくる成果物を見るたび、あの埃をかぶった冊子を思い出すからです。立派なんです。本当に立派。表紙も、図表も、ロジックも。でも、現場を1ミリも動かさない。今日はその「パワポで終わる」という現象を、一つのプロジェクトを最後まで追いかけながら、ほどいていきます。あなたの会社の、あの分厚い資料を思い浮かべながら読んでもらえると、うれしいです。
立派なAI戦略レポートを受け取った会社の話
たとえば、こんなプロジェクトがあったとします。特定のどこか一社の話ではなく、筆者がエンジニアとしていくつかの現場で見てきた光景を、一社分に束ねたものです。
そこそこ大きな企業が、「うちも生成AIに本腰を入れたい」と考えて、名の通ったAIコンサルに戦略策定を依頼しました。数か月後、出てきた成果物は見事なものでした。
自社のAI成熟度診断。競合との比較。30個のユースケース候補が、インパクトと実現性のマトリクスにきれいにプロットされている。3か年のロードマップ。推進体制の案。役員向けのプレゼンは、滑らかで、説得力があって、横文字とグラフが小気味よく流れていく。その場の空気は「よし、うちもいよいよだ」という高揚に包まれました。
筆者はこの手の発表会の空気を、何度も見てきました。みんなが少し前のめりになって、役員がうなずいて、「いやあ、よくまとまってるね」という声が漏れる。あの瞬間の心地よさは、本物です。自分たちが正しい方向に進んでいる、という確信が部屋を満たす。提案書は、やっぱり分厚かった。そして、分厚さは、その確信をさらに強めるんですよね。電力会社の会議室で、刷り上がった中計を囲んでいたときと、本当に同じ温度でした。
ただ、ひとつだけ、誰も気づいていなかったことがあります。その部屋には、来週の月曜にこの戦略を「実際に動かす」立場の人が、ほとんどいなかった。いたのは、考えた人と、決めた人だけ。やる人は、まだこの高揚を共有していなかったんです。
——で、一年後にどうなったか。何も、動いていませんでした。
30個のユースケースは、30個のまま、一個も着手されていない。ロードマップの「フェーズ1」の最初のタスクすら始まっていない。なぜなら、レポートには「何をやるべきか」は書いてあっても、「で、月曜の朝、誰が、何から手をつけるのか」が書いていなかったからです。
推進担当に任命された人は、立派なレポートを前に固まっていました。あまりに大きく、あまりに正しく、あまりに分厚くて、どこから手をつければいいのか、かえってわからない。正しすぎる地図は、最初の一歩を教えてくれないんですよね。
この担当者の苦労が、筆者にはすごくよくわかります。だって、30個のユースケースには優劣がほとんどつけられていない。どれも「インパクト大・実現性中」みたいな、似たような場所にプロットされている。そうすると何が起きるか。「まず優先順位を決めましょう」という会議が始まって、これが終わらないんです。営業部は営業のユースケースを推し、製造部は製造のを推す。誰も間違ったことは言っていない。でも、決まらない。気づけば、優先順位を議論するためだけの会議に、何か月も溶けていく。
そうこうしているうちに、現場の熱は冷めます。発表会のときの「うちもいよいよだ」という高揚は、半年もすれば「あれ、結局どうなったんだっけ」に変わる。レポートは、棚へ。あの中計の冊子と、まったく同じ場所へ。
なぜ「戦略」は「現場の動き」にならないのか
戦略レポートが棚で埃をかぶるのには、いくつか共通の理由があります。
ひとつは、戦略を「作ること」自体がゴールになってしまうこと。発注側も受注側も、分厚い成果物が出てきた時点で、なんとなく仕事が終わった気になる。あの中計のときの私たちと同じです。冊子が刷り上がった達成感で、肝心の「動かす」が後回しになる。
もうひとつは、戦略と実行のあいだに、深い溝があること。戦略コンサルはロードマップを描くのは得意でも、実装の現場には踏み込まないことが多い。「あとは作るだけ」と言うけれど、その“あと”が一番難しい。そこを別の会社に丸投げした瞬間、誰も全体の責任を持たなくなります。
そして3つ目。正しすぎて、大きすぎて、動けない。 30個のユースケースを前にすると、人は優先順位の議論に何か月も溶かしてしまう。あれもこれも大事に見えて、結局どれも始まらない。
この3つに共通しているのは、「考えること」と「やること」が、別々の人の手に分かれているという構造です。戦略を考える人(コンサル)と、実際に手を動かす人(現場)と、お金を出す人(役員)が、それぞれ別。考える人は実行の泥臭さを知らないまま地図を描き、やる人は地図ができあがってから渡され、出す人は分厚さで安心して判子を押す。このリレーのバトンの受け渡しのたびに、温度と解像度が落ちていく。最後に現場に届くころには、あんなに熱かったはずの戦略が、すっかり冷めた他人事の冊子になっている。
ここで戦略そのものを否定したいわけじゃないんです。方向の議論は要る。でも、分厚いレポートという“形”と、考える人とやる人が分断された“体制”が、しばしば実行の敵になる。じゃあ、どうすればよかったのか。さっきの会社が、別のやり方を選んでいたら何が起きたか、という話をします。
同じプロジェクトを、動く一個から始める
巻き戻しましょう。同じ会社、同じ「生成AIに本腰を」という思い。ただし今度は、30個のユースケースを並べるところから始めません。
まず、いちばん痛い「一個」を選ぶ
最初にやるのは、全社の網羅的な診断ではなく、現場を回って「いちばん時間を食っていて、いちばん不満が溜まっている作業」を一個だけ見つけることです。たとえば「見積書の作成に毎回半日かかっている」とか、その程度の解像度でいい。網羅性より、痛みの大きさで選びます。
ここでのコツは、机の上のマトリクスで選ばないこと。実際に営業の人の横に座って、見積書を一枚作るところを眺めさせてもらう。すると、「過去の類似案件を探すのに30分」「型番を転記して単価を引くのに1時間」みたいな、生々しい時間の使われ方が見えてくる。30個のユースケースを眺めていても絶対に出てこない解像度です。痛みは、現場にしか落ちていません。
数週間で、薄くてもいいから動かす
選んだ一個に対して、数週間で、薄くてもいいから実際に動くものを作ってしまう。完璧でなくていい。過去案件の中から似たものを引っ張ってきて、見積書のたたき台を生成AIが作り、人が最後に直して仕上げる。それだけ。
ここが、分厚いレポートとの決定的な違いです。30個の構想より、動く1個のほうが、社内の空気をはるかに大きく変えます。「お、ほんとに半日が1時間になるじゃん」という体験を一人がすると、それは隣の席に伝染する。「うちの部署のあれもできない?」と、向こうから言ってくるようになる。何ページの提案書より、動くものを一回見せるほうが、ずっと雄弁なんですよね。
戦略は、やりながら更新する
そして大事なのが、ここです。戦略は、動かす前に完成させるものではなく、動かしながら書き換えていくものだと考える。
最初の一個をやってみると、たいてい想定と違うことが起きます。「AIの精度より、そもそも過去案件のデータがバラバラで探せないことが本当のボトルネックだった」とか。これは机上の戦略策定では絶対に出てこない発見で、しかも、めちゃくちゃ重要な発見です。その学びでロードマップを上書きしていく。地図は、一歩も歩かずに完璧に描こうとするより、歩きながら描き直すほうが、ずっと正確になります。
「それでも、まず全体戦略を」と言われたら
とはいえ、組織によっては「いきなり一個作るなんて、順番が逆だ。まず全体像を描いてから」と言われることもあります。気持ちはわかります。でも、そういうときこそ、こう提案してみてください。「全体像は描きます。ただし2週間で、A4一枚で。そのあと、いちばん痛い一個を実際に動かして、その結果でこの一枚を更新しましょう」と。
分厚さで安心を買うのをやめて、薄さと速さで前に進む。戦略は捨てない、でも戦略に溺れない。このバランスが、パワポで終わるか、現場が動くかを分けます。
一年後、棚に残っていたもの
最初のやり方では、一年後に残ったのは、30個のユースケースが並ぶ分厚い戦略レポートと、それを前に固まった推進担当でした。発表会のあの高揚は、とっくにどこかへ消えていた。
動く一個から始めたやり方だと、一年後の風景はずいぶん違います。分厚いレポートの代わりにあるのは、A4数枚の「生きたロードマップ」。そこに書いてあるのは、いま動いている一個と、それをやってわかったことと、次に試す一個だけ。毎月、現場の発見で中身が書き換わっていく、薄っぺらいけれど呼吸している紙です。派手さはないけれど、見積書づくりは現実に半日から1時間に縮んで、現場のほうから「次はこれもAIにやらせたい」と言い始めている。
同じ予算、同じ会社、同じ「生成AIをやりたい」という出発点。違ったのは、分厚い地図を完成させてから動こうとしたか、薄い一歩を踏み出してから地図を描き直したか、それだけです。
おもしろいのは、この「動く一個」を起点にしたほうが、結果的に全社の戦略もくっきりしてくることです。一個やってみたら「うちの本当の課題はデータ整理だ」とわかった。だったら次の一個はそこを狙おう、と自然に順番が決まる。机の上で何か月も揉めていた優先順位が、現場で一回動かしただけで、すっと見えてくる。戦略は、立派な冊子の中ではなく、動いた現場の手応えの中から立ち上がってくるんですよね。
戦略の価値は、ページ数では測れません。「現場が今週、何か一つ動いたか」で測るべきだと、筆者は思っています。あの埃をかぶった中計が教えてくれたのは、たぶんそういうことでした。立派なものを作った達成感は、現場が一ミリ動いた手応えには、勝てないんです。
立派なAI戦略レポートを受け取ったら、最後にこう聞いてみてください。「これを受けて、来週うちの誰が、何から始めますか?」と。そこに具体的に答えられる相手なら、信頼していい。最新トレンドと成熟度マトリクスの話に戻っていってしまうなら……その提案書も、棚の上で立派な背表紙になる運命かもしれません。
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