
デプスインタビューの話をする前に、何を確かめようとしていたのかから始めます。何を検証する場面かで、この手法が効くかどうかが変わるからです。
題材は、訪日客の荷物を預かって、次の宿泊先まで運ぶサービスの立ち上げです。
大きなスーツケースを抱えて街を歩くのは大変です。ホテルをチェックアウトしたあと、次の宿に入れるのは夕方。その間の数時間、荷物をどうするかは、旅行者の共通の悩みです。コインロッカーは埋まっていて、駅から離れると預ける場所もない。
困っている人は、確実にいます。 ここに疑いはありません。
問題は、その次でした。困っていることと、お金を払うことは別だからです。
新規事業で最初に確かめるのは、たいていここです。課題があるかではなく、その課題に金を払う人がいるか。 そして、作る前に確かめたい。作ってから「誰も買わなかった」と分かるのが、いちばん高くつくからです。
そこで使われるのが、定性調査です。
デプスインタビューとは、対象者1人に対して深く聞き込み、行動の裏にある理由や価値観を掘り下げる定性調査の手法です。1人あたり1時間前後をかけます。
似た手法との違いも置いておきます。
→ グループインタビュー — 複数人で行う。効率は良いが、他者の意見に引きずられる
→ アンケート — 大量に取れるが、選択肢の外の答えが出てこない
→ デプスインタビュー — 1人に深く。想定外の答えが出てくる代わりに、時間がかかる
新規事業の初期は、そもそも何を聞けばいいかが分かっていません。だから、想定外が出てくる手法が選ばれます。
前置きはさておき、本題に入ります。
今日は、その確かめ方を教科書どおりにやって、外したところから話をしていこうと思います。
① 教科書どおりに、インタビューを設計する

やり方の解説は、たくさんあります。そのとおりにやりました。
→ ラポールを築いてから本題に入る
→ オープンクエスチョンで始める
→ 「なぜ」を繰り返して、深いところまで降りる
→ 誘導しない。仮説を口に出さない
訪日客に、こう聞きます。
「旅行中、荷物で困ったことはありますか」 — ほぼ全員が、あると答えます。
「荷物を預かって次の宿へ運ぶサービスがあったら、使いますか」 — ほぼ全員が、使うと答えます。
「いくらなら払いますか」 — それなりの金額が返ってきます。
気持ちのいい結果でした。 困っている人がいて、解決策に興味があり、支払い意思もある。教科書どおりの手順で、教科書どおりの答えが取れています。
② そのとおりに作って、1件も売れなかった

そこで、実物を作りました。
驚くほど簡易なものです。 ノーコードのフォームツールで組んだ、注文を受け付けるだけの仕組み。ログイン機能すらありません。 設置した特定のデバイスからしか操作できない、その場限りの形式です。
まともなプロダクトではない、と言われればそのとおりです。ただ、確かめたいのは作り込みの良し悪しではなく、この商品にお金を払う人が実在するかの一点でした。
置いた場所は、都心の観光案内所です。訪日客が集まり、荷物に困っている人が通る場所。旅行の情報を求めて立ち寄るのだから、荷物のサービスにも反応するはずだ——インタビューの結果とも矛盾しません。
1件も売れませんでした。
反応がないわけではないのです。話は聞いてくれる。興味も示す。それでも注文にならない。
③ 「なぜ買わなかったのか」を聞いても、出てこない

原因を探るために、案内所で反応した人に追加で聞きました。「なぜ申し込まなかったのですか」と。
返ってきたのは、それらしい理由です。値段、手続きの面倒さ、少し不安。
どれも、本当の理由ではありませんでした。
分かったのは、案内所に立って観察を続けたときです。買わない人は、何かを判断して見送っているのではなく、ただ通り過ぎていました。
荷物を人に預けて運んでもらう、という決断には1〜2日かかります。 一晩考えて、翌朝もう一度考えて、それで決める。観光の途中に立ち寄る案内所には、その時間がありません。 しかも旅行者にとって滞在時間は有限で、貴重な時間をサービスの加入手続きに使いたくない。
商品が悪かったのではなく、置き場所が決断のスピードと合っていなかった。
そして重要なのは、この理由が、聞いても絶対に出てこないことです。本人は「時間が足りなかったから見送った」と自覚していません。ただ、通り過ぎただけだからです。
④ 置き場所を変えたら、同じ商品が売れた

長期的な接点になる場所へ、置き直しました。ホテルです。
ホテルは案内所の逆です。
→ チェックインから滞在中ずっと、接点が続く
→ 荷物は、そもそも部屋にある
→ 1泊目の夜に見て、翌朝考えて、2日目に決める、という時間の使い方ができる
→ 迷ったら聞ける相手が同じ建物にいて、決めた瞬間に手続きできる
置き直した結果です。
受注24個、平均2.2件/日、最大で5件入った日もありました。
同じ商品です。同じ価格です。機能は1ミリも変えていません。
⑤ あとで知った — この現象には、名前がついていた

素朴な発見のつもりでしたが、調べるととうに研究されている現象でした。
言明選好(stated preference)と顕示選好(revealed preference)のギャップです。「言うこと」と「やること」の差。セイ・ドゥ・ギャップ(say-do gap)とも呼ばれます。
そして、なぜ本人に分からないのかは、50年近く前に整理されていました。
1977年の Psychological Review に載った「Telling More Than We Can Know」という論文です。人は自分の行動の説明をたいてい作れるが、その説明が正しいとは限らない。多くの心的過程に、内省で直接アクセスできないからだ、と。
→ 自分の本当の動機に、内省でアクセスできる範囲が限られている
→ あとから、もっともらしい説明を組み立ててしまう
→ そして論文が名指ししているのが、「反応に重要な影響を与えた刺激の存在に、本人が気づいていないことがある」という一点
3つ目が、まさにこれでした。 買わなかった理由が「案内所には決断の時間がない」という状況にあるとき、本人の口からは出てきません。 状況は、本人にも見えていないからです。
論文の言い方を借りれば、その状況は、本人にとって「存在に気づいていない刺激」でした。だから聞き方をどれだけ磨いても届きません。
聞くのをやめろ、ではありません。聞き方を、行動に寄せろということです。「使いますか」ではなく「直近で似た場面がありましたか、そのとき何をしましたか」を聞く。
新しい理屈は、ひとつも要りませんでした。
⑥ 何が、聞けば分かって、何が置かないと分からないのか

この線引きが、実務ではいちばん効きます。
| 聞けば分かる(過去の事実) | 置かないと分からない(未来と状況) |
|---|---|
| 直近で、似た場面があったか | 今後どう行動するか |
| そのとき、実際に何をしたか | いくらなら買うか |
| 決めるのに、どれくらい時間がかかったか | その場所で決められるか |
| 誰に相談したか | 相談相手が近くにいるか |
| 何を比較したか | その比較が購買を止めるか |
左は過去の事実です。 事実は記憶に残っていて、聞けば出てきます。
右は未来の行動と、環境の効果です。 ここは本人にも分かりません。
そして重要なのは、左に「決めるのにどれくらい時間がかかったか」が入っていることです。これは聞けば出てきます。 そして、この一点さえ取れていれば、「滞在時間の短い場所に置いても売れない」という予測が立ちます。
つまり、インタビューは無駄ではありませんでした。役割が違っただけです。
⑦ 現場で使うなら、この設計シート

表1:質問の作り替え
| ✕ 聞かない | ○ 聞く |
|---|---|
| これ、必要ですか | 直近で、似たことに困った場面はありましたか |
| いくらなら買いますか | そのとき、いくら払いましたか |
| 使いますか | そのとき、何をしましたか。何もしなかったなら、なぜですか |
| どんな機能がほしいですか | いま使っているもので、いちばん面倒なのはどこですか |
| なぜ買わなかったのですか | 買った日のことを、順番に教えてください |
最終行が重要です。 買わなかった理由は作話されます。買った日の再現は、事実が残っています。
表2:聞いた結果を「置く場所の候補」に変換する
| 聞き取れたこと | 変換 → 試す場所の条件 |
|---|---|
| 決めるのに1〜2日かかった | 滞在時間が1日以上ある場所 |
| 家族に相談してから決めた | 相談相手が同席している場所 |
| 荷物を分けないと預けられない | 分ける作業ができる場所、または先に分けられる道具を渡す |
| 現地に着いてから考えた | 出発前ではなく、到着後の接点 |
インタビューの出力は「答え」ではなく、この右列です。
表3:置いたあとに測ること
| 測るもの | なぜ |
|---|---|
| 注文数(意向ではなく) | 顕示選好そのもの |
| 接触から注文までの経過時間 | 決断時間の実測。インタビューの答えと突き合わせる |
| 途中で離脱した地点 | ためらいの物理的な理由が分かる |
| 同じ商品を、別の場所に置いたときの差 | 場所の効果を分離できる |
最終行が、この記事の本体です。 商品を変えずに場所だけ変えると、場所の寄与だけを取り出せます。
⑧ 調査の精度を上げるより、試す回数を増やす

定性調査の世界では、聞き方の技術が磨かれてきました。誘導しない、事実を聞く、なぜを繰り返す。全部意味があります。
ただ、技術をどれだけ磨いても、対象者が自覚していないものは出てきません。 そして購買を止めている要因の多くは、そこにあります。
一方で、試すコストは劇的に下がりました。 ログイン機能もない、その場限りの仕組みでも、実際に売れるかどうかは判定できます。
作るのが高かった時代は、調査の精度を上げることに投資する意味がありました。 作るのが安くなった今、同じ予算なら、試す回数を増やしたほうが答えに早く着きます。
この案件では、定量調査を先にやっていません。「勇気が必要な判断ですね」と言われたそうです。そのとおりだと思います。
ただ、あのとき手に入っていたのは、調査より前の段階の答えでした。この商品は、置く場所を間違えると0件になる。 それが分かれば、次に何を試せばいいかも決まります。
聞くのをやめる必要はありません。聞いた結果を、答えではなく「次に置く場所の候補」として扱ってください。 それだけで、定性調査は使える道具に戻ります。
ところで、インタビューの録音を聞き返すと、相槌の多さが気になります。
「なるほど」「たしかに」「そうなんですね」。対象者が3秒黙るたびに、こちらが埋めている。 沈黙のあとに出てくる言葉がいちばんいいのに、そこを毎回自分で潰しています。
以上です。