
業務フローの書き方の話をする前に、どんな業務を扱うのかから始めます。業務が分からないまま図の話をしても、何も残らないからです。
題材は、中古車の買取販売です。車を買い取って、整備して、売る。店舗は1つ、月の取扱台数は60台ほどを想定します。
流れはこうです。
査定 → 買取 → 名義変更 → 整備 → 撮影 → 出品 → 商談 → 納車
1台あたり、買い取ってから納車まで平均3週間かかっています。在庫が長く寝るほど、資金が回らず、値落ちもする。社長は、これを2週間にしたい。
では、なぜ可視化から入るのかというと、どこが遅いかを、誰も知らないからです。
各担当者は、自分の工程については詳しく知っています。ところが、自分の前後で何が起きているかは知りません。 査定の担当者は、名義変更に何日かかるかを答えられない。整備の担当者は、車がなぜ2日待たされたのかを知らない。
全体を知っている人が、社内に1人もいない。 だから、まず全体を1枚にする。
業務フローとは、仕事がどの順番で、誰の手を通って進むかを表したものです。フローチャート、スイムレーン図、業務フロー図。呼び方はいろいろありますが、やることは同じで、担当者の頭の中にしかない手順を、他人が読める形にすることです。
そして近年、この作業には別の目的が乗りました。AIをどこに入れるかを決めるためです。どの工程を機械に渡せるかを判断するには、まず工程が見えていないといけない。「AI導入の前に、まず業務の可視化を」と言われるのは、これが理由です。
前置きはさておき、本題に入ります。
今日は、その可視化を教科書どおりにやって、そこで詰まったところから話をしていこうと思います。
① 教科書どおりに、フロー図を描く

担当者に聞き取りをして、工程を並べます。スイムレーンで部署ごとに分けて、矢印でつなぐ。
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[査定] → [買取] → [名義変更] → [整備] → [撮影] → [出品] → [商談] → [納車]
営業 営業 事務 工場 販促 販促 営業 営業
“`
きれいな図ができました。 A3に印刷して、事務所の壁に貼ります。全員が「そうそう、こういう流れです」と言います。
ここまでは、教科書どおりです。 そして、ここで止まります。
② 図を見ても、どこを直せばいいか分からない

図を前にして、改善案を出そうとします。ところが、出てきません。
理由は明確でした。この図からは、どこが遅いのかが分からないからです。
→ 「整備」は1台1日なのか、3日なのか
→ 「名義変更」は即日なのか、書類が揃うまで待つのか
→ 「撮影」に回ってくる車は、毎回きれいになっているのか
この3つが書かれていない図は、業務の順番を再確認しただけです。そして順番は、もともと全員が知っています。
貼ってから1ヶ月後、誰も見ていませんでした。 剥がすのも気まずいので、そのまま貼ってあります。
③ 実際に測ったら、遅いのは工程ではなかった

そこで、工程ごとの所要時間を実測しました。1台ずつ、いつ次へ渡ったかを記録します。
結果は、予想と違いました。
| 工程 | 作業時間 | 手前の待ち時間 |
|---|---|---|
| 査定 | 分単位 | — |
| 買取 | 分単位 | 日単位 |
| 名義変更 | 分単位 | いちばん長い |
| 整備 | 日単位 | 日単位 |
| 撮影 | 分単位 | 次に長い |
| 出品 | 分単位 | 1日未満 |
| 商談 | — | — |
| 納車 | 分単位 | 日単位 |
作業時間を全部足しても、数日にしかなりません。 ところが納車まで3週間かかっている。
残りは、どの工程にも計上されていない待ちです。 差のほとんどが「待ち」でした。
そして、いちばん長い待ちが名義変更の手前です。理由を聞くと、こうでした。必要な書類が、買取の時点でそろっていない。 印鑑証明、譲渡証明、委任状。どれか1枚が足りず、お客様に連絡して、郵送してもらって、届くのを待つ。
フロー図には「買取 → 名義変更」と1本の矢印しか描かれていません。 その矢印の上で、何日も消えていました。
④ 図に「量」と「待ち」が入っていなかった

原因は、図の書き方でした。
→ 四角は作業を表している
→ 矢印は順番を表している
→ 待ちを表す記号が、どこにも無い
そして、待ちが発生する理由も書かれていません。書類がそろっていないから待つ、という因果が、図の上に存在しない。
つまり、改善すべき場所が、図に描かれていなかったわけです。描かれていないものは、見ても気づけません。
⑤ 直してみる — 2枚の表に書き換える

図をやめて、2枚の表にしました。
表1:受け渡し
工程ではなく、工程と工程のあいだを主役にします。
| 渡す側 | 受け取る側 | 渡すもの | 月の件数 | そのまま進められた率 |
|---|---|---|---|---|
| 営業 | 事務 | 買取書類一式 | 60台 | 群を抜いて低い |
| 事務 | 工場 | 車両+整備指示 | 60台 | 高い |
| 工場 | 販促 | 整備済み車両 | 60台 | やや低い |
| 販促 | 営業 | 出品済み情報 | 60台 | 高い |
いちばん右の列が本体です。 渡されたものが、そのまま次へ進められた割合。
低いのは、営業から事務への受け渡しだけでした。 書類が足りない、記入が漏れている。だから事務は、車1台ごとにお客様へ連絡して、待つことになります。
いちばん長い待ちの正体が、この受け渡しでした。
表2:停止点
どこで人が判断するか。そして、その判断は処理を止めて待つのか、先に進めてあとから追認するのか。
| 工程 | 人が判断するか | 止め方 | 理由 |
|---|---|---|---|
| 査定の金額決定 | する | 同期で止める | 金銭が動く |
| 書類の不備チェック | する | 非同期にできる | 差し戻せる |
| 整備の要否判断 | する | 同期で止める | 費用が発生する |
| 出品価格の決定 | する | 非同期にできる | あとで変更できる |
| 納車前の最終確認 | する | 同期で止める | 取り消せない |
「確認する」を全部同期で止めていたのが、待ちを積み上げていました。 差し戻せるもの、あとで変えられるものは、先に進めて後から直すほうが速い。
⑥ あとで知った — この2枚には、名前がついていた

素朴な整理のつもりでしたが、調べると両方とも確立した手法でした。
1つ目。工程だけでなく、待ち時間と受け渡しを一緒に描くやり方は、バリューストリームマッピング(VSM)と呼ばれています。工程の作業時間だけでなく、その手前の待ちや溜まっている仕掛かりを同じ1枚に並べて、価値を生んでいる時間とそうでない時間を分けて見るための道具です。
そして、「そのまま進められた率」と呼んでいた列には、正式な名前がありました。
%C/A(Percent Complete and Accurate) — 受け取った側が、差し戻しも問い合わせも追記もせずに、そのまま使えたものの割合です。
呼び方が違うだけで、同じものでした。 そして、この指標がVSMで受け渡しを見る項目として用意されているということは、受け渡しの欠損が主要な遅延要因であることが、とうに知られていたということです。
2つ目。制約理論(Theory of Constraints)。 ボトルネックは、手前に仕掛かりが最も溜まり、待ち時間が最も長く、稼働率が最も高い工程として現れる、とされています。
そして、いちばん効いたのがここでした。制約を狙って改善していくと、その工程はいずれ制約でなくなり、制約は別の工程へ移るとされています。
制約は、消えません。移動します。
だから、名義変更の手前の待ちを削っても、次は撮影の手前の待ちが最長になるだけです。改善は1回では終わらない。終わらないことを前提に、測り続ける仕組みを作るほうが先でした。
新しい理屈は、ひとつも要りませんでした。
⑦ 何が変わったか

営業から事務への%C/Aを上げるために、やったことは1つです。買取の場で、書類のチェックリストを画面に出して、そろうまで次へ進めないようにしました。
営業の手元では、買取1台あたりの作業がその分だけ増えました。代わりに、事務の待ちが目に見えて縮みました。
渡す側に少し足して、受け取る側の待ちを削っている。 交換としては、悪くありません。
そして予想どおり、制約は移動しました。 いま最長の待ちは、撮影の手前です。次はそこを測ります。
AIをどこに入れるかも、この表で決まりました。 書類の不備チェックは、撮影した画像から自動で判定できます。そのまま進められた率が低い受け渡しは、AIを入れる価値がある。高い受け渡しに入れても、意味がありません。
⑧ 現場で使うなら、この2枚

図を描く前に、この2枚を埋めてください。
表1:受け渡し(%C/Aの測り方)
| 列 | 何を書くか | 測り方 |
|---|---|---|
| 渡す側/受け取る側 | 部署ではなく担当者の役割 | — |
| 渡すもの | 書類・データ・現物 | — |
| 件数 | 月あたり | 実績から |
| そのまま進められた率 | %C/A | 受け取る側に聞く。差し戻し・確認・追記が要らなかった割合 |
| 手前の待ち時間 | 前工程の完了から着手までの実測 | 日時を記録 |
測り方は、受け取る側に聞くのが確実です。 渡す側は「ちゃんと渡した」と答えるからです。
表2:停止点(同期/非同期の判定)
| 判定基準 | 同期で止める | 非同期にする |
|---|---|---|
| 金銭が動く | ○ | |
| 取り消せない | ○ | |
| 外部に送信される | ○ | |
| 上のどれにも当たらない | ○ |
この4行だけで判定できます。 「念のため確認したい」は、非同期で足ります。
⑨ この書き方が効き続ける理由

業務フローの可視化は、DXの第一歩として必ず出てきます。そして多くの現場で、きれいな図が完成した時点で終わります。
図が完成しても業務は速くなりません。図は業務ではないからです。
可視化の目的は、遅い場所と落ちる場所を特定することです。特定できるなら手段は付箋でも表計算でもいい。逆に、特定できない図は、どれだけ美しくても作った時間の分だけ損をしています。
そして、AIが入る時代の業務フローには、もう一つ役割が増えました。AIに渡す仕様書として機能することです。
%C/Aの低い受け渡しは、そのまま「AIを入れるべき場所」の一覧になります。 四角と矢印の図は、そうなりません。
絵を描くのをやめて、2枚の表を書いてください。
とはいえ、表は壁に貼っても映えません。
四角と矢印の図は、貼ると「ちゃんと整理している」感じが出ます。表は出ません。だから図が量産されるのだと思います。
壁が寂しい問題については、まだ解を持っていません。以上です。