AI時代 いま就職するなら どこか ——「制約から設計する」経験が、いちばん供給されていない

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前後編の前編です。後編では、この話をAIの側から裏返します。


「いい会社」の探し方を、いったん裏返す

就職先の選び方は、たいてい「その会社が何を持っているか」で語られる。ブランド、待遇、成長率、事業の将来性。どれも間違いではない。ただしこれは会社側の属性の話であって、そこで自分が何を反復できるかの話ではない。

働いて手に入るものは、給料と肩書だけではない。どういう判断を、どれくらいの頻度で、どれくらいの責任範囲で経験するか。この反復回数が、5年後に残る差になる。

だから問いを裏返す。いま市場に対して、供給がいちばん少ない経験は何か。

ひとつの仮説として整理してみたい。創業者の息子や娘が、コンサルティングファームやMBAを経て戻ってきて、いま新規事業をやっている会社。いわゆるアトツギ企業の、事業開発ポジションである。

条件を分解するとこうなる。

  • 後継者がいる。つまり資本と決裁が同じ場所にある
  • その人が外で訓練を受けている。つまり言語が通じる。フレームワークで会話が成立する
  • いま新規事業をやっている。つまり守りではなく、作る局面にいる
  • そして本業がすでにある。つまり制約が具体的にある

最後の一点が、この仮説の中心である。


問いの形が、そもそも違う

ここでの問いは「何が良いアイデアか」ではない。

「この工場、この顧客名簿、この職人、この与信で何ができるか」である。

制約が先にあって、そこから設計する。使える設備が決まっている。抱えている職人の技能が決まっている。30年つき合いのある取引先がいて、銀行との関係があって、社内には「昔あれで失敗した」という記憶がある。その全部を与件として受け取ったうえで、では何が作れるかを考える。

これはゼロイチとは別の筋肉である。ゼロイチは白紙に線を引く。アトツギの新規事業は、すでに引かれている線を読んでから引く。前者は発想の広さが効き、後者は与件の読解と、その中での組み替えが効く。

そしてこの後者の筋肉は、市場に供給が少ない。スタートアップの経験談は大量に流通しているが、「既存資産を与件として事業を設計した」話は、そもそも表に出にくいし、体系化もされていない。

ゼロイチ型の問いと制約起点型の問いを左右で比較した図。左は白紙から発想する型、右は既存資産を与件として組み替える型。

実際、その一時間はどう進むのか

抽象論だけだと、この「制約から設計する」がどういう作業か伝わりにくい。手元にある実例を出す。

私がいま関わっている小さなチームがある。訪日客向けに、旅行前に日本の商品を注文しておいて、滞在先で受け取れるようにするサービス。学生インターンが実装とマーケティングを持ち、私が企画側で入っている。アトツギ企業ではないが、「与えられた制約の中で、期限までに作る」という構造は同じである。リリースまで実質2週間、人員は数名、使えるものは既にあるものだけ。

先日の定例、60分で何が通過したかを並べてみる。

Tさん(実装担当)の報告から始まった。 システムはテスト環境で動いている。本番へ出すには、利用規約の準備と、決済のサンドボックス環境から本番環境への移行が要る。

Yさん(企画・マーケティング担当)が、商品画像をクリックしても表示されない不具合を挙げた。 Tさんが修正を引き取る。E2Eテストが未実施であることも確認され、これも実施することになった。

ここで、後から効いてくる情報が共有される。デプロイした後でも、画面の見た目は変えられる。しかし決済やユーザーデータに関わるデータベースの構造は、変えるのが難しい。 つまり、この会議で決めることの一部は、あとで戻せない。

利用規約は、AIを使って作り、軽微なチェックで進めることになった。 規約はあくまでトラブルが起きたときの「盾」であり、現時点で損害賠償リスクが高いわけではない、という判断である。

配送トラブルの手順も、その場で決まった。 ホテルで受け取りを拒否されたら、あるいは受取人が不在だったら、どうするか。まずメールで連絡する。次に受け取り場所を変更する(コンビニなど)。それでも駄目なら、最終手段として返金する。決済システム上、返金は可能である。この一連の流れをマニュアルにする、というところまで決まった。

マーケティングは、SNS広告を中心に2週間走らせる。 ここでは「仮説を立ててから回す」ことが強調された。ランディングページは当初MVPに含まれていたが、時間の制約で後回しになっていた。マーケティング担当であるYさんが作る、と役割が確定した。

管理画面の仕様も確認された。 注文の一覧、各注文の顧客情報・配送先・滞在期間、ステータスの手動更新、そしてホテルに配送できなかった理由を記入する欄。Yさんから「住所入力欄に日本国内のみと注意書きを入れたい」という要望が出て、Tさんが引き取った。

言語の話も出た。 中国語は簡体字ではなく繁体字で実装されている。想定している利用者が台湾の方だったので、現状はこれで問題ない、という整理になった。

そして最後に、このサービスが提供している価値は「安心感」だという認識が共有された。買えるものを買えた、という心理的な安全性。それが中身である。


この60分に、何が詰まっていたか

並べ直すと、たった1時間で次の関門を全部通過している。

  1. 動くか — テスト環境での動作、不具合、テスト未実施
  2. 守れるか — 利用規約、損害賠償リスクの見立て
  3. 売れるか — 広告、LP、担当の確定
  4. 畳めるか — 受け取り拒否・不在時の手順、最終手段としての返金

しかもそれぞれが、抽象的な議論ではなく、具体物に紐づいている。「ホテルで受け取りを拒否されたら」という文は、ホテルという物理的な場所と、そこにいる人間の判断と、荷物という物体がなければ出てこない。「決済のデータベースは後から変えにくい」も、実装が存在しなければ出てこない。

これが、制約から設計するという作業の実物である。理屈が先にあるのではなく、工場や倉庫やホテルのフロントが先にあって、そこから逆算して理屈を作る。

動くか・守れるか・売れるか・畳めるか、という四つの関門を左から右へ並べたフロー図。

積める経験のうち、特に代替が効かない3つ

こういう場所で積める経験のうち、他で代替しにくいものを3つ挙げる。

① 資本を持つ人間の意思決定を、至近距離で観察できる

サラリーマン経営者の判断とは、質が違う。自分の金で、20年の時間軸で、逃げ場なしに決める現場である。何を捨てるか、どこで待つか、誰に頭を下げるか。この判断がどう組み立てられるかは、資料を読んでも身につかない。徒弟制的にしか学べない領域がある。

② 撤退の作法

これは特に希少である。スタートアップは失敗すると解散するので、畳み方を学ぶ機会がない。人をどう再配置するか、取引先にどう説明するか、どこで損切りの線を引くか。誰も教えてくれないし、成功譚としても流通しない。

先の会議で「最終手段として返金する」と決めていたのは、規模は小さいが同じ性質の話である。うまくいかなかったときにどう終わらせるかを、始める前に決めている。 撤退を設計できる人材は市場で異常に少なく、次の職場で確実に重宝される。

③ フィジカルな制約下の事業設計

工場、物流、店舗が絡む。荷物は物理的に動くし、人は不在だし、ホテルには受け取りを拒否する権利がある。ソフトウェアだけをやってきた層が、決定的に持っていない解像度がここにある。画面の上では完結しない事業を、どう成立させるか。

代替が効かない三つの経験(資本を持つ人の意思決定・撤退の作法・物理制約下の設計)を横三列で並べた図

では、どう見分けるか

仮説としては良くても、実際に会社を選ぶ段になると難しい。看板からは分からないからである。面接や面談で確認できる範囲で、判断材料になるものを挙げる。

後継者が、いつ戻ってきたか。 戻って半年の人と、5年目の人では、社内での通り方がまったく違う。新規事業が本当に動くかは、本人の能力より、社内で話が通る状態になっているかに依存する。「戻ってきて何年目ですか」は、聞いても失礼にならない質問である。

新規事業に、本業の資産がどう繋がっているか。 ここが繋がっていない場合、それは実質ゼロイチである。既存の設備・顧客・与信を使わない新規事業なら、この仮説の利点はほとんど消える。「この事業で、本業の何を使うんですか」と聞いて、具体物が返ってこないなら要注意である。

失敗したときにどうなるか、決まっているか。 撤退の作法が学べるのは、撤退の設計が存在する場合だけである。「どこまでやって駄目なら止める、というのは決まっていますか」への答えの精度が、そのまま組織の成熟度を示す。答えが「まだ考えていない」なら、それはそれで正直だが、学べる中身は変わる。

先代がまだ現役かどうか。 現役なら、判断の現場を二世代ぶん観察できる。ただし決裁が二重になり、話が進まないリスクも同時に上がる。どちらに転ぶかは会社次第だが、聞いておかないと入ってから驚く項目である。

いずれも、求人票には書かれていない。だから聞くしかない。そして、こういう質問にきちんと答えられる会社かどうか自体が、判断材料になる。


ただし、この仮説には裏側がある

ここまで読むと、良い賭けに見えるかもしれない。実際、供給が少ない経験を積めるという意味では、筋は悪くない。

しかしこの仮説には、書いておかなければ不誠実な論点が2つある。

ひとつは、この仮説の主役である後継者本人の名目スキルセットが、いまいちばんAIに侵食されているという事実。

もうひとつは、ここで積む経験が、そのままでは外に持ち出せないという構造的な問題である。固有性が高いことは強みであると同時に、市場価値の説明を難しくする。

後編では、この2つを扱う。AIが何の値段をゼロにしていて、逆に何を値上がりさせているのか。そのうえで、この賭けの勝ち筋がどこにあるのかを整理する。

(後編へ続く)

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