筆者が子どもの頃、実家のテレビのリモコンは、とてもシンプルでした。電源、音量、それに「1」から「12」までの数字ボタン。チャンネルの数字を押すための、あれです。付いていたのは、ほぼそれだけ。小学生だった筆者はもちろん、祖母だって、誰ひとり迷いませんでした。観たい番組の数字を、ぽちっと押す。それで終わり。
ところが、妻の実家に帰ってテレビのリモコンを手に取ると、ボタンが50個くらい並んでいます。「番組表」「データ」「dボタン」「ネット」「録画一覧」「3D」……正直、筆者にも何の機能かわからないボタンが、半分くらいある。そして、年老いた親が実際に使うのは、結局、筆者が子どもだったころと同じ数個だけ。電源、音量、チャンネル。
残りのボタンは、ほとんど一度も押されません。それどころか、義理両親はこのリモコンをちょっと怖がっています。「変なボタンを押すと、画面がおかしくなって戻せなくなる」から。だから、おそるおそる、いつもの数個だけを使う。
たまに間違って入力切替を押してしまって、画面が真っ暗になり、「テレビ壊れた」と電話がかかってくる。壊れてはいません。ボタンが多すぎるだけです。
おもしろいのは、機能がてんこ盛りなリモコンになったのに、使われ方が、あのシンプルだった子ども時代のリモコンと、ほとんど変わっていないことです。むしろ、増えたボタンは価値ではなく「怖さ」になっていた。メーカーは、きっと一生懸命、価値を足したつもりなんでしょうけど。
なぜこの話から始めるかというと、いまAIプロダクト開発の現場で、このリモコンと同じことが、あちこちで起きているからです。(ちなみに現代の便利なリモコンにまで口出しする性悪こと筆者の素性は、自己紹介へどうぞ。)
競合に追いつこうとして、自分のプロダクトを壊す話
たとえば、こんな話があったとします。
あるアプリがありました。やることはシンプルで、その一点が使いやすくて、ユーザーに愛されていた。ところが、世の中が生成AIで騒がしくなってきます。競合が「AI要約機能」を出した。すると社内で「うちも出さないと」となる。続いて「AIレコメンドも入れよう」「AIチャットアシスタントも」「AIで自動タグ付けも」。
半年後、そのアプリの画面は、ボタンとパネルでぎゅうぎゅうになっていました。あちこちに「✨AI」のマークが光っている。新しく入ってきたユーザーは、画面を開いて固まります。「で、これ、結局なにをするアプリなの?」。そして、昔から使ってくれていたユーザーは、ぽつりとレビューに書く。「前のシンプルなほうが、使いやすかった」。
いちばん皮肉だったのは、あれだけ足したAI機能のほとんどが、ほとんど使われなかったこと。そして、もともと愛されていたコア機能の利用率まで、下がってしまったことです。実家のリモコンと、まったく同じ。47個のボタンを足して、肝心の3つを押しにくくしてしまった。
開発チームは、決してサボっていたわけじゃありません。むしろ逆で、めちゃくちゃ頑張っていた。競合の動きを毎週ウォッチして、トレンドのAI機能を、誰よりも速く実装していた。社内のロードマップは「AI要約:済」「AIレコメンド:済」とチェックマークで埋まっていく。達成感もあった。みんな、よかれと思って、全力で機能を足していたんです。だからこそ、根が深い。「価値を足しているつもりが、価値を削っていた」というのは、当事者にはいちばん気づきにくい失敗なんですよね。リモコンのボタンを増やしたメーカーの人だって、1個ずつは「これは便利なはずだ」と思って足したに違いないんです。
なぜ、足すほど使われなくなるのか
機能を足すのは、足し算だから、価値も足し算で増えていく気がします。でも、現実はそうなっていません。考えてみると、いくつかの力が、同時に逆方向へ働いているんです。
そもそも、選択肢が増えるほど、人は迷い、疲れ、選べなくなる。心理学でよく言われる話ですが、ジャムの種類が6個の棚と24個の棚では、6個の棚のほうがよく売れる、なんて実験もあるくらいです。ボタンが3つなら迷わない。50個あると、怖くて3つしか押せない。機能の多さは、それ自体が、ユーザーの負担になります。
そこへ追い打ちをかけるのが、「足したAI」は、たいてい目立つところに置かれる、という習性です。新機能だから、目立たせたい。気持ちはわかります。でも、目立つAIボタンを置くたびに、本当にユーザーが使いたかったコア機能が、すみっこに追いやられていく。主役が、後から来た飾りに、席を譲ってしまうんです。
想像してみてください。毎日使っている使い慣れたアプリを開いたら、画面のど真ん中に、昨日まで無かった「✨AIに質問する」の大きなバナーが居座っている。あなたがやりたかったのは、いつものあの操作だけ。なのに、それが二段階も奥に引っ込んでいる。「前はワンタップでできたのに」。この小さなイラッとが、毎日少しずつ積もると、人はある日、理由もうまく言えないまま、そっと別のアプリに乗り換えていきます。派手な新機能のお披露目は、しばしば、いちばん大事な常連客への、静かな裏切りになっているんです。
そして、いちばん根深いのが、「競合が出したから」で足した機能は、誰の何のためかが、ぼんやりしていることです。本来、機能は「このユーザーの、この困りごとのために」あるべきです。でも、競合対抗で足した機能には、その芯がない。芯のない機能は、価値を生まないどころか、画面を汚して、コアの邪魔をする。リモコンのあの47個は、たぶん「競合のテレビにも付いてたから」付いたボタンたちです。
この「競合が出したから」という動機、本当にやっかいです。なぜなら、止まらないから。競合がAを出せばAを足し、BCを出せばBCも足す。気づけば、自分たちのプロダクトが「誰のために、何を解決する道具なのか」という芯を、いつのまにか見失っている。追いかけているうちに、自分が何者だったか忘れてしまうんです。ユーザーがそのアプリを好きだった理由は、機能が多かったからではなく、「あの一点が、気持ちよくできるから」だったはずなのに。足し算の競争は、その大事な一点を、いちばん最初に押し流してしまいます。

足し算ではなく、引き算で考える
じゃあ、どうするか。AIプロダクト開発で本当にうまくいっているチームは、AIを「足す」発想ではなく、「引き算」の発想で使っていました。
まず、機能を足す前に、必ずこう問う。「これは、誰の、どのボタンか」。電源・音量・チャンネルに当たる、このプロダクトのコアは何か。ユーザーがこのアプリを開く、たった一つの理由は何か。それをはっきりさせてから、「この新しいAIは、そのコアをより良くするのか、それとも、ただ隣に並ぶ48個目のボタンになるのか」を見極める。
このコアを見つけるのに、難しい分析はいりません。いちばん効くのは、実際のユーザーに「このアプリ、もし一つの機能しか残せないとしたら、どれを残しますか?」と聞いてみることです。たいてい、開発チームが「自信作」と思っている新機能ではなく、地味で当たり前の、あの基本機能の名前が返ってきます。そこがコアです。電源ボタンです。意外と、作っている側ほど、自分のプロダクトのコアを見失っている。毎日触っていると、47個のボタン全部が大事に見えてくるんですよね。だからこそ、外から、ユーザーの口から、教えてもらう必要がある。
次に、AIは目立たせるのではなく、コアの仕事を陰で良くするために使う。「✨AI要約」という新しいボタンを増やすのではなく、もともとある「一覧を見る」という体験の中で、AIがそっと要点を挙げてくれる。ユーザーは「AIを使っている」と意識すらしない。でも、いつもの作業が、なぜか前より速く、気が利いている。いちばん効くAIは、たいてい姿が見えません。新しいボタンとしてではなく、既存のボタンの“効き”として溶け込んでいる。
そして、1個足すなら、1個引く覚悟を持つ。機能の総数を増やさない、というルールを自分たちに課す。これをやると、「本当に必要なAIか」を、嫌でも真剣に考えるようになります。足すのはタダみたいに感じるけれど、ユーザーの認知という棚の広さは、有限なんです。新しいボタンを1個置くたびに、棚のどこかが、確実に窮屈になっている。そのコストは請求書には載らないけれど、確実に発生している。

リモコンでいうなら、ボタンを増やすのではなく、3つに減らして、その3つを賢くする。チャンネルボタンが、最近の視聴傾向から「たぶん次はこれが観たいですよね」を、そっと先回りしてくれる。新しい「AIおすすめボタン」を48個目として足すのではなく、いつもの「チャンネル」という体験の中に、AIが透明に溶け込んでいる。いつもの操作が、なぜか前より気が利く。繰り返しになりますが、これが、足し算ではなく引き算のAIプロダクト開発(特に、既存の製品や業務にAIを導入するとき)の、いちばん美味しいところです。

ちなみに、これは言うほど簡単じゃありません。「引き算しよう」と頭でわかっていても、いざ自分たちが時間をかけて作った機能を消すのは、身を切られるようにつらい。競合に機能で見劣りするのも怖い。でも、その怖さに負けて足し続けた先にあるのが、あの誰も使わない47個のボタンなんです。引き算には、足し算よりずっと勇気が要る。
ボタンは、少ないほうがいい
義理の実家のテレビ問題、最終的にどう解決に至ったと思いますか?多機能リモコンを使いこなせるよう、両親を特訓したわけではありません。家電量販店で、ボタンが少量しかない「かんたんリモコン」を別に買ってきて、本体のリモコンは引き出しの奥にしまいました。電源、音量、チャンネル、入力切替。たったそれだけ。それで、「テレビが壊れた」という電話は、ぴたりと来なくなりました。
おもしろいのは、メーカーもちゃんと「かんたんリモコン」という答えを持っていたことです。47個のボタンを作る技術を持った会社が、わざわざボタン4個のリモコンも別に用意している。たぶん現場の人は、本当はみんな気づいているんですよね。「ボタン、多すぎるよな」って。でも、組織で機能を足す力学のほうが、引き算より強い。だから、堂々と引き算をするには、意志がいる。
プロダクトも、たぶん同じです。ユーザーは、できることの多さに感心はしても、感謝はしない。感謝されるのは、「自分のやりたい3つが、迷わず、気持ちよくできる」ときです。AIは、そのためにこそ使う。ボタンを増やすためではなく、増えすぎたボタンを、賢く減らすために。AIプロダクト開発で問われているのは、たぶん「何を足せるか」より、「何を足さずに済ませられるか」のほうなんだと思います。
この記事は、ARCHECOが運営するメディア「アプリ戦略大学」でお届けしました。ARCHECOは、UI/UXデザインとプロダクト開発を強みに、お客さまと並走しながら「使われるもの」をつくっているチームです。ご相談・お問い合わせはこちらからどうぞ。