エクスペリエンサビリティとは
エクスペリエンサビリティを理解するためには、UXデザインとUIデザインの領域の違いを把握する必要がある。UIデザインの領域は、ユーザがインターフェースに向かっているときのコミュニケーションに限定される。UXデザインでは、インターフェースから外れた体験もデザインする。インターフェースとユーザ間のコミュニケーションにおいて考慮すべき重要な要素の一つはユーザビリティである。インターフェースを利用するユーザが、目標を達成するためにインターフェースと向き合う際の有効性/効率/満足度を示す。これらに配慮しUIデザインすることで、ユーザの目標達成までの過程を容易で快適なものにする。
しかし、同質なサービスが数多く存在する昨今、各サービスを運営するプレイヤーは、競合に対して「いかに早くユーザにリーチして、獲得したユーザをいかに離脱させないか」の競争にせまられている。そのためには、下記の2点に対する施策を検討する必要がある。
・インターフェースに向かう前のユーザにリーチする。
・目標達成後にインターフェースに向かっていないユーザを自然なコンテクストでストレスなくサービスを再利用してもらう
上記のいずれの状況もインターフェースに向かっていない状況下になるため、UIデザイン領域では検討できない範囲となる。そこで、インターフェースに向かっていない状況下でのユーザの体験において、ユーザが目標を抱き、目的が発生(再発生)するまでの有効性/効率/満足度/再現性、また、インターフェースに向かっていないユーザが上記の目標・目的を達成するために特定のインターフェース(またはサービス)の利用に至るまでの有効性/効率/満足度/再現性を示すものが、エクスペリエンサビリティである。
我々は、インターフェースに接している、またはサービスがコントロール可能なタッチポイント(アセット)におけるユーザ体験を可制御環境下、インターフェースから外れたユーザ体験を不可制御環境下と呼んでいる。
競争が激化した市場において、不可制御環境でいかにエクスペリエンサビリティを向上するかがサービスの、ひいてはビジネスの成功の鍵となるであろう。不可制御環境から、可制御環境へユーザにアクセスしてもらう具体的かつ代表的な方法として挙げられるのがスマホのPush通知やメルマガである。ユーザがインターフェースに向かっていない状況においても、スマホの携帯性を活用して、デバイスから受動的にユーザをインターフェースに向かわせることのできる大変有効な手段である。
しかし、Push通知やメルマガが毎日何通も届いたら、多くのユーザは不快感を覚えるだろう。それが起点となりサービス利用の離脱へとつながりかねない施策である。エクスペリエンサビリティ向上において、再現性という要素を検討する意義はそこにある。
では、再現性を向上するにはどうすべきか?下記の2つの方向性に大別できる。
・内発的モチベーション喚起
・低ストレスな(持続可能な)外発的モチベーション喚起
内発的モチベーション喚起とは、興味や関心を持っていることに対して、目標・目的が自発的に発生し、それを達成しようとするモチベーションを喚起することで、外発的モチベーション喚起とは、意識、強制、インセンティブ、評価、などが要因となり目標・目的が発生しモチベーションが喚起される状態である。外発的モチベーション喚起を持続的に行うためには、上記の要因と目標達成までのストレスのバランスに配慮して外的な要因を与える必要がある。つまり、いかに外的な要因が日常のコンテクストに溶け込んでいるかが重要である。
エクスペリエンサビリティを向上するための検討方法
上述の内・外発的モチベーションを喚起する要因をイネーブラと呼ぶ。一度の使い切りではなく、一人のユーザが複数回利用することを前提としたサービスをユーザの循環システムとして捉えると、下記のイネーブラを検討しシステム内に組み込み確立する必要がある。
イネーブラは2つの性質に分けて検討することができる。
・感性的イネーブラ
・実存的イネーブラ
感性的イネーブラの例としては、前記事「世界観への期待を作るUIデザイン(WorldViewDesign)」で述べた通り、UIデザインなどで構築された世界感などが挙げられる。それに対して、実存的イネーブラの例としては、ポイント還元や割引などの物理的・数値的な要因が挙げられる。ポイント原資や活用できるアセットが十分でない場合は、デザインドリブンなサービスを検討する事が求められ、感性的イネーブラで如何にユーザとエンゲージメントを構築するかがサービスの成功の鍵となる。
いずれにしても、サービスの作り手の強みを活かして、サービス内にイネーブラを確立することで、サービスの作り手が定めたゴールに向かってユーザが離脱せずに利用を続けるような仕組みを構築することが可能になる。
これら2つのイネーブラを定義して、エクスペリエンサビリティを向上するための戦略・施策をより具体化することで、企画段階から、より想定ユーザに根ざしたサービスを設計することができる。
以下に、サービス設計に欠かせない確立すべき主要なイネーブラと、その検討のフレームワークを示す。
流⼊イネーブラ確立
ユーザがサービスを知り、不可制御環境から可制御環境に至るまでの仕組みを確立する。
また、その際、ユーザはどのような媒体を利⽤するか定義する。
例:
・SEOの強みを活かして、WEBの検索エンジンで検索ワードを入力した際にユーザへサービスの存在を認知させ、ユーザをサービスへ誘導する。
・SNS運用の強みを活かし、魅力的な動画コンテンツを配信し、SNSから自社メディアへユーザを誘導する。
送流イネーブラ確立
ユーザが可制御環境からサービスの利⽤開始に⾄るまでの仕組みを確立する。
また、その際、利⽤するサービスの機能は何か定義する。
例:
・サービスの初回利用する際の金銭的ハードルを下げるために、初回無料キャンペーンをアプリ内で告知しサービス利用を促進する。
・一部の機能はタダで利用できるよう無料解放し、サービス利用における成功体験を蓄積してもらう。
還流イネーブラ確立
ユーザがサービスの再利⽤に⾄るまでの可・不可制御環境それぞれの仕組みを確立する。
また、その際、再利⽤する機能は何か定義する。
例:
・一度サービスを利用したユーザが、サービス利用を通じて得たポイントの失効を知らせるPUSH通知を送信する。
・初回サービス利用時にユーザの趣味・嗜好を収集し、ユーザにマッチする商品のセール情報や入荷情報がメルマガで通知される。
定着イネーブラ確立
ユーザにサービスを持続的に利用してもらうための仕組みを確立する。
また、定着後はどのようなユースケースに分類できるか定義する。
例:
・ユーザの趣味嗜好を長期的に把握する事で、精度の高いレコメンド情報を提示する。
・ユーザが複数の関連サービスを同一のアカウントで管理しているため、容易にサービスを解約できない状態になる。
ロイヤルイネーブラ確立
ユーザがロイヤリティを感じ、サービスへのエンゲージメントを⾼めてもらう仕組みを確立する。
また、ロイヤリティの⾼いユーザと⼀般ユーザとの差分は何か定義する。
例:
・サービスの利用頻度・単価の高さやサービスの継続利用期間の長さに応じてユーザをランク分けし、ランクの高いユーザのみが利用できる優待サービスを提供する。
上述のイネーブラの確立を検討することで、サービスにおける最低限のエクスペリエンサビリティを検討することができる。
まとめ
本章では、ビジネス・サービスの成功において、UIデザインとUXデザインは共に不可欠であることを説明すると共に、それぞれの重要性を「世界観への期待を創る」ことと、「エクスペリエンサビリティを向上する」ことに限定して説明した。今後、 ビジネス・サービスにおいて、この2つの能力を身につけたデザイナーが、より一層活躍する世の中になっていくことを心より期待する。